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先日丸の内のオアゾを歩いていたら、それはそれは美しいハーモニーが響いてきた。
ゴスペラーズのようにボーカルが一人だけ突き抜けるような声を張り上げ、
そこにハーモニーがつくというタイプではなく、四人が四人ともボーカルを歌い、
ハーモニーと溶け合って一体化している。
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見たことないグループだ。
暫く聞いていこう。タダだし。。。(セコイ)
外国のスタンダードが主流で日本の曲はほとんど歌わない。
また英語の発音がきれいで聞いていて心地よい。

もしかすると思ったより有名なグループなのかもしれない。
オアゾのOO広場(おお広場)は人でいっぱいになり、
ファンの人たちから歓声も上がる。
「今日最後の歌です。」と言うと、「え~~~っ!?」と惜しむ声も上がる。
アンコールの拍手もやまない。
知らぬはわたくしばかりなり、だったのかと思えるほどだった。
特に最後の曲の最後の部分では涙が溢れた。
すてきなひと時だった。

帰宅してインターネットで調べてみたらそのグループ名は
jamin`Zeb (ジャミン・ゼブ)という。
http://blog.livedoor.jp/jamminzeb2007/
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(写真はインターネットの彼らのサイトから無断でお借りした。)
この四人、
コージロー
スティーブ
レンセイ
シモン

というふざけた名前がついている。
何がスティーブさぁー。何がシモンさぁ~。私の友達にだってキャサリンとかエリザベスとか言っちゃってるのがいるんだからねぇ~。。。
と思ったら、四人のうち三人がハーフなんですって。
今日彼らのおしゃべりも聞いたのに全然気付かなかった。
確かにシモンはちょっとエキゾティックかなぁと思ったけど、、、へーっ。。。

プロフィールを見ると、アメリカ人と日本人のハーフ、メキシコ人と日本人のハーフ、オーストラリア人と日本人のハーフ。早稲田大学卒、慶応大学卒、5歳からピアノを習い、ヴォーカルの勉強をする。4人とも絶対音感を持っている。ってやけにかっこいいでしょう。

それでジャズなんか歌ってるんですよ。丸の内のおしゃれな空間にピッタリだ。
「久しぶりに丸の内に戻ってきました。思えば僕たち丸の内のフリー・ライブから始まってるんですよ。」って、大阪堂山の路上ライブから始まったというのとはちょっと違う。(大阪の人に怒られる)(えらいすんまへん。。。)
東京ドームでのMLBの開幕試合(レッドソックス対アスレチックス)でアメリカ国歌と君が代を披露しており、旭鷲山の断髪式でも君が代を歌っている。
オーチャードホールや東京国際フォーラムの舞台も踏み、一年に三枚ものアルバムを出すなどハイペースにメジャーの階段を駆け上っている。テレビやラジオで彼らの歌声が聞こえてくる日も近いだろう。
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寿司屋のトシちゃん。
知り合ってかれこれ二十年が経つ。早いものだ。
当時私は8歳だった。
だけど私は高校の教師だった。(年をごまかしてもすぐに辻褄が合わなくなる。これが人生というものだ。)

あの頃既に私の母が亡くなって数年が過ぎていた。
私の母が既にないことを知ってからトシちゃんは毎年お盆とお彼岸にはお花を贈ってくれている。いい人だ。ってそれにしても彼は当時まだ二十代。二十代でお盆とお彼岸にお花を贈ってくれるような人、他には見たことない。おまけにそれが二十年間欠かすことなく続けられるってホントにすごいことだ。
そして今年もまた届いた。
しかし、今年は七月にトシちゃんもお父さんが亡くなり、すぐに新盆、四十九日、お彼岸と忙しくて他人の事どころではないはず。それでもお盆とお彼岸にはお花が届けられる。
それがこの花。
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ちゃんと白作りに薄紫のリンドウや薄緑のシンビジウムを合わせた仏前用に仕立ててある。
今我が家の仏壇の前に飾られている。


さて、トシちゃんのお父さんはいかにも寿司屋らしく、本当に元気で豪快な人だった。
一昨年白血病の宣告を受け、あと数カ月と言われてから二年以上も頑張った。
昨年の夏は最期に旅行に行こうということで、熱海にみんな連れだって出かけた。
その時のブログが昨年7月25日の「海と花火と家族」。
楽しそうな笑顔が並んでいる。が、しかし、本心はみんな辛かった。
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黄色いライフジャケットを着た一番右がトシちゃんのお父さん。


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これは帰りの熱海駅で新幹線を待っているところ。
一番右がトシちゃん
右から二番目がマモちゃん
カメラのシャッターを押しているのが
当時の色男三人組の20年後は・・・・・ほぼ等しく臨月を迎えている。そこいらに関して言えば神様は平等だ。

昨年私が書いたブログに使った全く同じ二枚の写真。あの時本当に楽しそうに見えた画像が今日よく見てみるとこんなにも哀しみに包まれた表情だった。同じ写真が見方によって全く逆の表情に見える。表裏一体ということなのか。。。。。

平素テレビや新聞のニュースを見ていて、どちらが善でどちらが悪か、どちらが正でどちらが不正かはニュースの書き方ひとつで我々の受け取り方は全く違ってしまうのと似ている。
今、八ツ場ダムの工事を政府与党になった民主党が中止しようとしている。
今のニュースでは長い間ダム工事に反対し、なお住むところも負われて転居を余儀なくされた地元住民も多く、もう既に75パーセントの工事は終わっているのに今更中止するのか!と工事中止はおかしいという見方で報道されている。私たちは報道機関の話の仕方にほとんど左右されてしまうのが実情だ。だから国民感情の多くは八ツ場ダム中止は撤回せよ!との考えが主流になりつつある。
これ本当はどちらが正論なのか、報道機関の表現に一喜一憂せずによく学び、よく考えて正しい判断をしたいものだ。一方を聞いて沙汰するな。。。今のところ私にもよくわからない。

今わかっているのは、私はよい友達に恵まれて幸せだということだけだ。。。
トシちゃんありがとう。
トシちゃんのお父さん、安らかにね。お寿司いつもごちそうさまでした。お宅の息子は最高にいいヤツです。


2009.09.27 訃報
日光金谷ホテルグループの金谷会長がお亡くなりになった。ブログでご紹介するのもどんなものかと思ったが、インターネットで検索するといくらでも出てくるし、各新聞報道機関で既に報道されているから私もブログ解禁とした。
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箱根の富士屋ホテルとよく似ている。それもそのはず親戚関係にあり、同じ宮大工さんが造ったのだ。

明治に創業。皇室御用達だからどうも敷居が高くていつも神橋からこんな眺めを見上げるばかりの憧れのホテルだ。
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私のブログ8月25日の「ぶらり南青山の旅」では金谷会長のことをこんな風に書いた。

日光金◎ホテルの会長宅にご機嫌伺いだ。
特に用事はない。時々こうしてお互いの安否を確かめ合っているのだ。
お互いあっちが痛いこっちが悪いって体にボロがきているから、時々安否の確認をする必要があるのだ。今日のところは安否の安を確認して、またブラリブラリと表参道まで時間をかけてゆっくりと歩いて帰途についた。

この時既に会長は危ない状況にあった。
しかし、まさかそうも書けなかった。


生前、会長とはいろいろと同じ話題があって話が盛り上がった。

 たとえば、フィギュアスケートオタクの私とスケート協会理事の金谷会長。
会長の奥様、昌子さんや同席した佐藤さんにはいったい何を話しているのかさっぱりわからない内容のマニアックな会話で話がやまないなんてこともあった。
 それから1月6日の私のブログ「2007年問題が残した空っぽの箱」や1月21日の「シャングリラよおまえもか」に書いたように私はホテルについてのコラムを書いたりするほどホテルライフを愛するホテラーだ。(ホテラーなんて言葉あるもんかい!) そんな中、ホテル協会の会長を務めた金谷会長だからこれまた話に花が咲いちゃう。


そんな会長、一昨年肝臓ガンで慶応病院に入院、手術をされてよくなられた。。。はずだった。
が、やはり転移しており、復調はならなかった。
私は何度か肝臓食を山ほど作り、タッパーに詰め、えっちらオッチラ大きな袋に入れてお届けした。
いつも穏やかでホンワカした方だった。

9月18日 午後10:20にご逝去。
本葬儀は10月2日 午前11:00~ 南青山の梅窓院で。地下鉄銀座線外苑前駅前。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200909/2009092100226
会長、お疲れ様でした。安らかにお眠りください。
心よりご冥福をお祈りいたします。
この夏、草加の丸井が生まれ変わった。
アウトレットに変わったのだ。
これは私にとっては嬉しい。元々お安い格安ブランドではないちょっと高級嗜好のブランド物が70~80%もお安く買えるのだ。70~80%で買えるのではなく、70~80%引きだから嬉しい。
私が平素よく着ていたアトリエサブ・メンやニコル、コムサ・デ・モードなんかのポロシャツが2000円~2500円くらいなんだからユニクロとたいして変わらない。

先月からティップネスに通いだした私、昔の体操着(今どき体操着なんて言う人はいない)や運動靴(運動靴なんて言葉に至ってはもはや死語だ)を引っ張り出して着てみようと箪笥の引出しをぜ~んぶひっくり返して見てみたが、見つからない。あの頃あんなに張り切って毎日通ったエアロビクス。過去の栄光はどこへ行ったのか。。。スパッツもラメ入りのハチマキも。何から何まで。。。
ということで、丸井。 ワンフロアーがすべてスポーツ用品店。NIKE,Puma,adidas、ASICSって綴りが合っているのかどうか不安だが、なんとなくお分かりいただけるだろう。大抵の有名どころはそろっている。
シャツとパンツ、靴下にシューズ、スポーツバッグもぜ~んぶ揃えて、約10000円。1万円ですよ。
信じられない。品が悪いのかといえばそんなことはない。どこがアウトレットなのかさっぱりわからない。傷なんかついていないし、何が半端なのかなんて関係ない。ランナーの上田さんも是非草加にちょっと足を延ばしてランニング用品を購入してほしい。って私は丸井の廻し者ではありませんからアシカラズ。

さて、その丸井、新たにユニクロが入った。
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ウィンドウもこんな風にユニクロカラーに彩られている。
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そして、ファーストキッチンがオープンし、今度はサーティーワン・アイスクリームがオープン。
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この列はどこまで続いているの?
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ってな具合で、丸井の外まで続いているのです。草加の住人は並ばないのかと思っていた。あまりエキサイティングな住人ではなく、バーゲンとか、新規オープンと言ってもやっきになっているところをあまり見たことがない。しかし、サーティーワンにこんなに人が並ぶのだ。草加もにわかに活気付いてきた。


今から20年ほど前、
「草加の駅前が変わるよ! 丸井とイトーヨーカ堂が駅前に出来て、それが渡り廊下でつながるんだよ~。」勢い込んで私は友人に話した。そしたらその友人、
「ヨーカ堂で野菜買ったおばさんが買い物カゴから大根を覗かせて買い物してる丸井なんて草加くらいのもんだよ。」って悪態をつかれたものだ。
そして、今はブログに丸井について書くんだと言ったら、タオリンは・・・
「あ、あの8時に閉まっちゃう丸井ね。。。」
いつもいつも失礼な人だね、アンタって人は!!!



「世界を変えた日本の100人」という番組がある。そこに7月登場したのがアメリカはビバリーヒルズのホテルヒルトンの総料理長 杉浦勝男さん。
先日のオバマ大統領就任パーティーでの料理も彼が担当しておられる。なんでもレーガンの時もクリントンの時も彼が担当したらしい。

レーガンと言えば、昔お勤めしていた足立の流通センターにレーガン大統領が来日の際にお手植えになった桜の木がある。この通称レーガンザクラの木の下でお花見をした際、酔って尿意を催したお掃除のおばさんが我慢できずに桜の木の下でおしっこをしてしまった。後に「レーガンザクラにおしっこを掛けた」という理由で解雇されたというお話がある。。。。いったい何を書いているのか、ずいぶんゲセワなお話になってしまった。いかに何も考えずにパソコンに向かい、そこはかとなく書き綴っているかがわかる。特にストーリーは考えずに書き出し、なんとなく書き終える、それが秀鴎流。

話を元の高尚な話題に戻そう。

そのビバリーヒルトンの総料理長 杉浦勝男さんが還暦を迎えるというので、秀鴎の作品をプレゼントしたいと言ってご依頼をくださった方がおられる。ハイセンスな発想に脱帽。。。。なんちゃって。
藤春幸治さん。杉浦シェフの甥にあたる。
永いこと奥田瑛二さんのレストランの料理長をしてこられ、現在は白金のレストランで自慢の腕を振るっていらっしゃる。
今回作品のご依頼を受けた時、額のマットは還暦の赤にしよう、と決めたが、ビバリーヒルトンのホームページを見るともっとおしゃれでゴージャスにしないと釣り合わないと感じて改めた。
そこで、マット見本をチェック。紙ではなく布で、金のキラキラのマットを頼んだ。そこに5㎜幅のフクリン(囲み枠)を真っ赤な還暦色にした。全体の大きさは縦60センチ、横80センチ位に仕上げよう。
作品の文字はいろいろ考えたが、、、、、、味。これ一文字で行こうと決めた。
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墨は牛乳でゆったりと磨った。これがビバリーヒルトンまたは杉浦シェフのご自宅に飾られているところを想像すると、胸が熱くなる。いつか機会を得て自分の作品を見に行きたい。
若くして日本を離れ、久しく触れていない日本の文化をお届けします。
アメリカの上流社会にうまく溶け込ませてくださいましな。



天高く馬肥ゆる秋あまりの気持ちのよさに外へ飛び出した。
が、いったいどこへ行こう。
父の命日だったがお墓に行けるほど足の調子はよくない。(お墓がよっぽど遠いみたいに書いているが、そんなことはない。電車で30分ほど。今話題の越谷レイクタウンのそばだ。ただ吉川の駅を降りて少し歩くのだ。)

しかたない、愛犬スズリを連れて自転車で近所を散策してみよう。

私が足立区から草加に移り住んだのは今から30年ほど前。
私が高校生の時、両親が草加に家を建て、姉が新婚でその家に居を構えた。
私も草加で一人暮らしを始めていろいろと紆余曲折を経て今に至っている。
氷川町の長屋に住んでいた頃も、中央のアパートに住んでいた頃にも特に感じなかった「草加が江戸時代に栄えた宿場町だ」ということを現在の住まいになってからはひしひしと感じる。それは住吉という場所に昔のたたずまいが色濃く残っているからであり、旧日光街道沿いで松尾芭蕉ゆかりの地であるからというのはもちろんだが、単に私が年をとって歴史に目を向けるようになったから・・・というのも否定できない。


私の家から自転車に乗って、約2~3分。松並木に出る。見えているのは百代橋。ここからさらに北へ向かうと矢立橋がある。
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このあたりから松原の駅を抜けて新田あたりまでの数キロ、綾瀬川沿いに松並木が続いている。
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と言いながら松並木の写真を撮り忘れ、上の画像は札場河岸公園の桜並木だ。桜の季節には是非皆さんお出であれ。


ここは奥の細道で芭蕉が旅に出て最初の宿ということになっている。
「ことし元禄二とせにや・・・・・その日、ようよう草加という宿にたどり着きにけり。」西村本おくの細道より
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この芭蕉さんは見返り芭蕉と呼ばれていて、実際江戸の方角を振り返っている。現在その振り返った方角に新しい公園が建設されており、そこには随行した曾良(そら)の銅像が今年建てられたところだ。
この芭蕉の銅像、建てられた十数年前、いや二十年近く前にわざわざ見に来た覚えがある。それはこの銅像の作者が私の同僚(大先輩)の美術の中島睦雄先生の友人だったからだ。中島睦雄先生は私が高校の教師になりたての頃、不動岡女子高で忘れえぬ多くの思い出をくださったもう一人の父ともいう方だ。

芭蕉像のあたりにはなんともうススキの穂が秋の爽やかな風に揺れている。
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その足もとに目を向けると彼岸花。見事に赤く、鮮やかに咲いている。
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上を見上げると望楼。昔の火の見やぐらなのか。。。今でも上まで登って草加の街を見下ろすことができる。入場無料。
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望楼の後ろ側には札場河岸。
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ここで舟の乗り降りをしていた、、、らしい。

このあたりまでは歩いても数分、スズリの散歩にはうってつけだ。
私は特に春になるとひどい花粉症だからこの秋、最高の季節を存分に楽しみたい。





健康保険証が新しくなった。
今度の保険証には裏にいろいろ書き込むようになっている。
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内容は上記の通りだ。書き出してみよう。
住所、氏名、備考、それに・・・・・
1.私は、脳死の判定に従い、脳死後、移植の為に○で囲んだ臓器を提供します。(×をつけた臓器は提供しません。)
心臓・肺・肝臓・脾臓・膵臓・小腸・眼球・その他(     )
2.私は、心臓が停止した死後、移植の為に○で囲んだ臓器を提供します。(×をつけた臓器は提供しません。)
腎臓・脾臓・眼球・その他(     )
3.私は、臓器を提供しません。


私はどうしようか。
真剣に考えた。
それは今になって急に考えたわけではない。
子供の頃から我が家ではそんな会話を家族でしていた。
我が家では尊厳死は望み、臓器は提供しない。
これが家族共通の見解だ。
しかし、今回はほとんどに○をつけた。切り刻まれるのは・・・と思いながらも。。。
心臓・肺・肝臓・脾臓・小腸、しかし、どうしても眼球には○を付けられない。
なんか怖いのだ。どうしよう・・・・・今でも○はつけられないでいる。

と真剣に悩んでいたら、、、、、

「誰も山崎さんの眼球ほしがる人なんていないと思いますよ。」え~~~~っ?!
こんなに真剣に悩んできたのにぃ。。。。。 誰だよ、そんなこと言うのは!
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TUさん。。。。(目を隠すと誰だかわからなくなるから目だけ出したらどうなるかやってみた。)
「若い健康な眼球なら移植もしてほしいでしょうけど、山崎さんの眼球移植しても老眼だし、片目はよく見えないし・・・・・。内臓だってあっちもこっちも調子悪いって言ってる人の臓器なんていらないでしょう。」
どこまでも失礼なヤツ!!!

そこにいた奥谷さんにも聞いてみた。
「わ、私も、い、いらないですね」
うっそっ。。。初耳だよぉ。。。
みんな私の臓器をほしがってるのかと思ってた。
「何言ってるのさーっ! 罰当たり! あなた達みんな罰が当たるよ。 せっかく私が勇気を振り絞って臓器をあげるって言ってんのにー。」
右を向いたら私の味方、タオリン。ニヤニヤしながら首を横にふっている。
「 いらな~~~い。」
タオリンだけは信じていたのに。。。ブルータスおまえもか的なガッカリ感。
タオリン! あんたとのコンビも解消だよ!
今年はあっけなく秋がやってきた。残暑は来ないの? それにしてもこんなに爽やかな空が広がり、清々しい風が惜しみなく吹き渡る年がかつてあっただろうか。。。
今日は麻生自民党内閣が総辞職し、新たな鳩山民主党内閣が発足。組閣が発表になった。日本中そのことで話は持ちきり・・・かと思いきや、のりピーの夫、高相被告が保釈されて急にどの番組もいっぺんにそちらに切り替わった。結局のりピーは今日は出てこなかった。

 駅前の丸井の脇道で町内会の会計を担当してくださっている高梨さんにバッタリお会いした。
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主婦ではないけどそこで井戸端会議が始まってしまった。
「お~、先生どこ行くんだい。」
「私は帰るの。高梨さんは?」
「そこのヤマハ音楽教室にハーモニカを頼んであるから取りにいくんだ。」
「へ~~~、ハーモニカぁ。。。いやぁ、ハーモニカはいいですねぇ。楽しい音はとことん明るくて、悲しい音は深く寂しい音が出るもんね。」
「今年春にね、青年会議所でショーがあってさ、演歌の歌手が出てきて歌い、手品師が手品を披露して、まぁいろいろと出てきた最後にハーモニカを吹いた人がいたんだよ。童謡をふいたんだけどね、それが気が付いたらみんないっしょに口ずさんでてさ。。。引き込まれていたんだよ。いやあ、ハーモニカってホントにいいなと思ってさ、始めることにしたのよ。今月末に勤労福祉会館で吹くことになってるんだよ。先生もいっしょにやんないかい、老人会。。。」
「ん? ・・・・・・・・・・・・・・・・・???」
高梨さん「いやあ、今年春にね、青年会議所でショーがあってさ、演歌の歌手が出てきて歌い、手品師が手品を披露して、まぁいろいろと出てきた最後にハーモニカをふいた人がいたんだよ。童謡を吹いたんだけどね、それが気が付いたらみんないっしょに口ずさんでてさ。。。引き込まれていたんだよ。いやあ、ハーモニカってホントにいいなと思ってさ、始める事にしたのよ。今月末に勤労福祉会館で吹くことになってるんだよ。」
私が聞き返したのはその後のたった一行だったのだ。
「先生もいっしょにやん・・・ないよな、まだ若いか。」
やっぱりそう言ったのだ。どうやら最初に私が聞こえた通りに言ったらしい。さすがに高梨さんはお察しがよく、私がどこの部分に引っかかって聞き直したのか察して言い換えていらっしゃる。高梨さんっ!その心遣いが逆に痛いんだってばっ!
ったく、なんで老人会なのさぁ~~~!
私は49.5位なのだが、高梨さんには
「そうだよ高梨さん、それはひどいよぉ。だってまだ四十代だよ~。」って言ってやった。だって、ホントに四十代だもの、ギリギリだけど。。。
「あ~、そうかそうか、そうだよな。先生まだ若かったんだもんな。そーりゃぁ悪かったなぁ。。。」



そう言えば、ちょうど今朝、お掃除のおじさんに「朝からダンナの元気な『おはよーございまぁす』を聞くと今日も頑張れるなと思えるんだよ。」って言われて嬉しいような悲しいようなビミョーな感覚を覚えたばかりだった。「元気が出る」ってのは嬉しいけど、「ダンナ」って言葉には軽い拒絶反応を覚えたかんじだ。

そしてさかのぼること数ヶ月、イタリアンのお店きぬで青年から「おやっさん」と呼ばれたあの「おやっさん事件」。

「老人会」と比べれば、「ダンナ」も「おやっさん」もまだマシだったのかもしれない。。。
いずれにしても私は急にけっこう老けて見られるようになったというのは間違いないらしい。
それからもう一つおまけに「貧乏人」にも見られている。


頑張って痩せよう、若返ろう! とスポーツクラブにGO!
今日は測定の日だ。
体重、体脂肪率などが減っていれば金券に換えてくれるのだそうだ。
しかし、、、逆に増えていた。
インストラクターのおにいさんが今日はちょっと増えちゃいましたけど、また頑張りましょうと言ってくれた。
私の口から出た言葉は「頑張れな~い。」なんだか今日は頑張る気力がなくなってしまうま。
老人会の高梨さんの方が私よりず~っとおしゃれで若々しいもの。今に見ておれ===!
目下の目標は打倒高梨さん!
今日は私の先生のお稽古場での書道教室の日だ。
また可愛くも手ごわい生徒達に翻弄されまいと心して望んだ。
「こんにちはー。」
「はい、いらっしゃい。」
「あ~っ! 先生 今日は貧乏服じゃないの~~~?」って最初からそれかい!?
「今日は雨だから洋服にしたんですよ。」
「へー・・・・・へんなの。」って何を着ても「ヘン」と言いやがる。
今度こそそんな にっくらしい事言う子達の画像をブログに載せてやる!
とカメラを向けると
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すぐに後ろを向いて意地悪をする。
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ちらっとこっちを向いて、またシャッターを押すと後ろを向く。
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何枚撮ってもうまくいかない。にわかに騒がしくなってきた。

中島先生からは
「山崎先生が甘やかすから生徒達が言うこときかなくなるんですよ。まったく先生失格です。」
と手厳しいお叱りを受ける。
ってそんな太宰治じゃないんだから、私を人間失格みたいに言わないでくださいよ~。。。

子供達はそんなへこんでいる私からカメラを取り上げ、容赦なくパチリパチリッ!
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こらーっ! どこ写してんのー?!

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逆さまぢゃなーい!?

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カメラが近い! もういい加減になさい!!!

もういい! も=~=~いい!!!
と言ってカメラをしまおうとするとみんなでポーズをとる。
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やれやれ。。。
私は生徒達に愛されている・・・・・・・・・と思わないとやってられない。
先日のリヤカー女についてお問い合わせが相次いでおりますが、
彼女の年は本当に知りません。
それにあの方、ご結婚が決まったんですよ。
というわけで、ご紹介はできませんのであしからず。。。
ごめんあそばせ~~~!
2009.09.09 二人展
女流書家による二人展が開催されている。
大森陽春さん(中央)と白石雪妃(せつひ)さん(右)。
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作品の感じは明や清の時代に流行った狂草(きょうそう)的な書風。
私は久しぶりに殿村藍田(とのむららんでん)という書家を思い出した。
中心を右に左に自在に移動させていくのが特徴。
お二人とも同じ書道の学校に通っておられるらしい。
白石さんはJAZZもやられるらしく、サックスのパフォーマンスもある。おしゃれ。。。

もちろん書道初めての方でも充分楽しめるわかりやすい作品も盛りだくさん。
上の私たち三人で写した画像の作品はお二人が並んで二行ずつ同時に書き進めていった作品なんだそうだ。同じ社中のお二人だから息がピッタリ合ってうまい調和を見せている。


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この作品は手前と向こう側にお二人がそれぞれ立って同時に書かれたもの。特に細い線が美しい。


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床まで敷かれた作品にビニールを被せてあり、その上を私たちが歩く。なんだか申し訳ない気がする。

ハガキにお好きな字をその場で書いてくださる。200円。

この展覧会、9月7日(月)~12日(土)
11:00~19:00
コーヒー&ギャラリー ゑいじう
03-3356-0098
http://eijiu.sakura.ne.jp/
地図は
http://eijiu.sakura.ne.jp/access/index.html
丸の内線の四谷三丁目と都営新宿線の曙橋の間の閑静な住宅街にある喫茶店のギャラリー。
お茶を飲みながら閑かなひと時を。。。
「先生~っ! その服新しいのぉ?」
来た来た来た来た===!!! 
そうなのっ、この作務衣新しいの。午後二時から始まったお稽古なのに、もう既に二時間が過ぎても誰も気づいてくれないのか、と寂しい思いをしていたのだ。
「あっ、ホントだぁ~。」ってみんなが食いついてきた。
なぁんだぁー、みんなそう思ってはいたんじゃなーい。
「その服、貧乏人って感じだねー。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。。。ん、、、そうお~?」
「ホントだぁー、貧乏人だぁ~。」
「だって継ぎはぎだらけだしぃ。」
えぇ!?
「そ、そんなぁ、、、この継ぎがおしゃれなんじゃなぁい! みんなで寄ってたかって嫌なことを言いますねぇ。。。」
この作務衣、紬(つむぎ)でなかなか凝っており、
おまけに手首と足首の紐を自分でゴムに付け替え、準備万端でお稽古に望んだのだ。それを「貧乏人の服」と表現しやがる。

しかし、よくよく考えてみると子供は思ったとおり、感じたとおりを口にするもの。
本当は大人もみんなそう思っているのに黙っているだけなのかもしれない。きっとそうだ。そうなのだ。私は裸の王様だったのだ。


「ったく誰が貧乏人って言ってんだー! 写真撮ってやるー!」
って生徒にカメラを向けたらあっと言う間にカメラを取り上げられて反対に「貧乏人」の姿を写されてしまった。
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よく見りゃホントにみすぼらしい姿だ。ちょっとモンペちっくだし。。。

悔し紛れに彼女らの写真を写そうとしても向こうの方がウワテでなかなかうまいショットが撮れない。
少し騒動が収まってから主犯の三人のうち一人の写真をゲット!
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こお~んなに可愛い顔して立派に毒を吐く。天使と悪魔は同一人物なのに違いない。
ちびっ子ギャングの葵ちゃん。
私はこのギャングたちに踏まれたりなじられたりしながら、31年間も耐えてきたのだ。思えば長い旅だった。これから何十年ギャングたちの襲撃に耐えて行くのか思えば末が恐ろしい。。。
目下の目標は早く貧乏人から這い上がることだ。 。 。 。 。
昨年9月15日、負債総額64兆5000億円というアメリカ最大の倒産がおきた。
私はこの「世界のトップニュース」をただのニュースとして以上の身近な出来事として捕らえていた。


先月のブログで私は親友といっしょに通っていたスポーツクラブを親友の交通事故死を機にやめた話を載せた。その親友の共通の友達(どちらも女性)がリーマンに勤めていたからだ。
当時共通の友人を次々と亡くし、同じ痛みを持つ同士友情を深めた。
彼女の実名は名誉のために明かせない。ここは仮名で書かせてもらおう。
私の本名山崎裕之をもじって山崎裕子としておこう。

山崎裕子さんはリーマンの日本支社が六本木のアークヒルズにあった時に既に部長として活躍していた才女である。当時確か年収は1300万って言っていたかなぁ。。。そして約7年前にニューヨーク本社の部長に任ぜられ、アメリカに渡ってバリバリ活躍していた。
昨年の9月以前にも何度かリーマンが危ないのではないかという噂は流れていたが、やはり世界のリーマンブラザーズ証券が潰れるとは誰も考え至らなかった。
現に昨年も倒産する9月15日の一日前まで彼女は海外旅行で楽しんでいたのだから。
しかし、やはり本当にリーマンは倒産した。
9月3日には韓国産業銀行が買収するとか、バンク・オブ・アメリカやメリルリンチ、バークレイズに吸収されるとかいろいろな噂はあったが、結局メリルリンチも実のところ経営は破たんしており、バンク・オブ・アメリカもバークレイズも経営はうまく行っておらず、アメリカ合衆国財務省が公的資金の投入を見送ったことからそのすべてがリーマンから手を引いてしまったのが理由とされる。

リーマン倒産のニュースを見て、私はニューヨークに電話してみた。。。出ない。。。
携帯にメールを試みても、パソコンにメールを打ってみても、返信はなかった。
実は彼女の実家は私の先生のお稽古場から徒歩5分というところなのだ。そこにも電話してみたが、誰も出なかった。
 テレビでは経済アナリストやらコメンテーターやらが、リーマンといえばアメリカ第四位の一流企業。リーマンの社員といえば世界のエリート。どこへ行っても超優遇されて引っ張りだこ。再就職には困らないでしょう。と言っていた。本当だろうか。リーマンが倒産したことで世界中にその余波が広がり、世界が不況に陥ったのだ。大丈夫だろうか、、、心配で何人かの友人に彼女の消息を尋ねてみた。が、結果は同じ。誰も知らない。
 あれからもう一年が過ぎようとしている先日、突然彼女からパソコンにメールが入った。
「山ちゃんお久しぶり。元気? 先日●●ちゃんと久しぶりに会って食事をしました。その時、山ちゃんが私の事心配していると聞いたので、連絡してみました。」
というメールだった。
よかった。無事だった。
早速草加で会って食事をし、私の家まで来てゆっくりしていってくれた。

いくら世界のエリートといえども、やはり就職は難しく、未だに就職浪人のようだ。
彼女いわく、
「別にいいところに就職しようと思ってるわけじゃないんだ。でも、やっぱりアラウンド フィフティーでしかもリーマン本社で部長やってた女だよ~。就職なんてないよぉ。」そうなのか。
「そりゃぁ、若くてこれからの男の子だったらリーマンに勤めていたというのは強みだけど、私なんかもう若くないし~。」
経済アナリストの言うことも当てにはならないな。
リーマンショックが世界に不況をもたらし、日本の政権の交代をも もたらした。
先の選挙で民主党が与党になったのも、リーマンショックが少なからず原因になっているとする人も少なくない。昨年の今頃、アメリカ政府はリーマンが潰れてもそれほど大きな影響はないだろうと読んだ。それが大誤算だった。
ある人は、「リーマンの社員は今までたくさんもらっていた分、帳尻を合わせることになるんだ。」と言う。それにしても多額のローンを組んでしまった人は困っているだろう。
リーマンが世界に与えた影響はいかほどなのか。そして、いつまでその影響は続くのか。私には関係ないと思っている人、意外にリーマンの影は忍び寄っているのかもよ~。

TIPで汗を流して帰宅。家の前にさしかかると向こうから黒い影。。。
どうやら髪の長い女がリヤカーを引っ張ってくるように見える。
口裂け女か。。。
ま、まさかぁ。
それにしても真夜中。 ティップネス11:30の閉館にあわせて出てきたから
もう12時近いはずだ。
髪を振り乱した女が人通りのない夜中の小道をリヤカーを引っ張ってくるのだ。
これはどう考えてみたって恐ろしいシチュエーションに違いない。

目を合わさないように、通り過ぎよう。
しかし、通り過ぎられないよ。だってここ我が家の前だもん。
通り過ぎてまた戻ってこようか。。。なんて考えていると。
その“リヤカー女”が頭を下げたように見えた。
えっ? あぁ・・・・・・。よく見たらこの“リヤカー女”、
あの“お祭り女”だったのだ。

いったい何を言っているかわかるまい。
私はお名前を知らない人には勝手に名前をつけて私の中でそう読んでいるのだ。
昨年の神明様のお祭りの時にかしらがたくさんの見知らぬ人たちを我が家に連れて来て、
わいわいガヤガヤ楽しい時間を過ごしたお祭り野郎達の中の一人だった。
では、その怪しいリヤカー女の画像を公開しよう。
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フラッシュをたいて明るくしてみればなかなかの美人だが、真っ暗な中では怖かったんだぞ~。
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今時のリヤカーはおしゃれだ。
この女、リヤカーがよく似合う。
って名前も知らない人をこんな風に書いては失礼だ!!
お名前を聞いてみよう。
染谷貴世さん、○○歳。ってまさか年齢まではいくら私だって聞いていない。
失礼ついでに聞いてみればよかったか。。。

また翌朝、スズリの散歩に出たところで、染谷さんにお会いした。
そうだ! 今日は神明様のお祭りだ!
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昨夜のリヤカー女がお祭りの姿に変身している。
これから神明様で神主さんがお祭りのお祓いをしてくださるというので、
みんなが神社に向かっている。私も行ってみよう。
道すがらこんなきれいなお花を見つけてパチリ。
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私が特別講師を勤める室蘭の北斗文化学園の昨年のお祭りを思い出した。
朝、学長が学生たちを引き連れて氏神さまにお参りに行き、そこからお祭りが始まった。
そうだ、お祭りというのは神聖なものなのだ。
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神聖な神社の本堂や、お神輿にカメラを向けていいものかどうか気が引けながらも写さずにはいられないよい絵が目の前に広がる。
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この美しい空。
爽やかな風。
神聖な空気。

最高なお祭り日和だー。

そこでまた進化するお祭り女、染谷さんの完成図。
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昨夜からだんだんお祭り女に近づき、ようやく完成の姿にたどり着いたようだ。

笛や太鼓がウキウキさせてくれる。
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私も家の前に「祝御祭礼」と模造紙に大きく書いて飾った。
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模造紙を四枚。物干し竿に貼り付けてみた。
昨年も飾ったが、飾るなりゲリラ豪雨にやられ、ボロボロになってしまったのだ。
今年はどうか無事に活躍しますように。。。

お祭りムードがどんどん高まって、さぁこれからいよいよお祭りだ~!
というのに、私は足立の書道教室に出かける。
明日、日曜日もお仕事だ。
来年はいっしょに盛り上がるぞ~~~!
来年のことを言ったら、鬼が笑うか。


2009.09.02 なめくじ歩行
「山崎さんってなめくじみたいに歩きますねぇ。」
ってオイッ!
いくらなんでも“なめくじ”はなかろう。
「あっ、それじゃぁエスカルゴ歩行ですね~。」
それって何を言い換えたのか?
意味は全然変わってないじゃないかっ! ったく!!
誰がそんなこと言ってるのかといえばこの男。
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中川信行。

私としては足が痛くておまけにこの体重だからソロリそろりと歩かないと足首折れちゃいそうなわけ。
だからどうしてもゆったり歩行になるのです。
それを“なめくじ”と表現しやがる。“エスカルゴ”と言い換えたところで同じこと。・・・・・エスカルゴ・・・・・ちょっとおしゃれな気もするし、なめくじからカタツムリに出世しているようにも思えるが・・・。
こっそりブログに載せて公共の場でメチャメチャ言ってやろうと、
「ちょっと写真撮らせてよ」と言ったら、既にブログに載せられる事を察知してピースなんかしてやがる。一枚うわてだ。

そう言えば、以前「ペアルック」の巻で登場いただいた良島(ながしま)さん
「お腹が歩いてくるみたいだよね。」と言いながら私を見て笑っていたっけ。

最近の中西圭三さんは、舞台の上でまん丸になった体で首をすくめてただ立っているだけで観客から笑いが巻き起こる。そんな路線もイイではないか。
先日待ち合わせをした時にも気がついたら後ろからこっそりやって来て、私の傍らに立ち、私が振り向くと首をすくめておどけてみせた。これが久保田利伸か中西圭三かと並び称されたあの中西圭三かと思うほどひょうきん族になっている。

私もこの辺で開き直ってキャラクターの転換をするかぁ。。。
ナメクジ歩行で笑いを取ろう。
ナカチョン、私の今後の新たなキャラを提示してくれてありがとうっ!


いまいち心は晴れぬが。。。
今日草加の駅の改札を出ると懐かしい顔に出会った。
二年前まで住んでいた家のご近所の奥さん。
娘さんと仲が良くて、東京にお勤めの娘さんをこうして駅の改札によくお迎えに来ているのだ。
まるで忠犬ハチ公のようだ。(人間を犬に例えてバカにしているわけではないから呉々も。。。)

いつも私の展覧会に来てくださるし、きれいなお花を贈ってくださる。
しかし、ここのところお会いしていなかった。

私「こんにちは。」
奥さん「・・・・・・・・・・・。」
私「お久しぶりですね。娘さんには先日駅でお会いしたんですよ。」
奥さん・・・・・・ん?! あ、あ~~~せんせー! わかんなかったぁ。ちょっと太った?」
ってそう来る? ちょっと太った?って 
ちょっとだったらわかったんじゃありませんの?!


今夜は眠れそうにない。。。
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