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「先生、血圧が高いんじゃありません?」
ビジネスホテル朋泉のやり手美人社長が言った。
「いいえ、わたくし、低血圧なので。。。」
「私も痩せてた時は血圧低かったんですけど、太ったら急に血圧高くなりましたよ。調子が悪かったのはそのせいで、血圧の薬を飲み出してから調子良くなりましたよ。」
と言っておもむろに傍らにあった血圧計を出してきた。まるで用意してあったかのようにスムーズな流れだ。
測ってみると上が178
ヒエ~~~ッ! ま、まさかそんなに高いとは。。。
でも、何かの間違いかもしれないからもう一度測ってみよう。。。182。んっ? 上がってる。。。
もう一度。。。178
やっぱり本当に血圧が高くなっているのか。

私は昔、教員採用試験の際に90の60。低血圧で再検査になったのだ。急に高血圧だと言われてもにわかに信じがたい。失礼だが“ここんち”の血圧計が高めに表示されるのかもしれないじゃないか。

たまたまその後健康診断だったので、病院で測ってもらったところ、やはり上が182だった。
そして、先生からの問診で肥満と高血圧とバッサリ切り捨てられ、痩せすぎの低血圧で悩んでいたころを思い出して茫然とした。30代までウエストにタオルを二枚巻いていたのだ。エアロビクスのスパッツもブカブカだったからつめてもらっていたんだから。別に自慢しているわけでも言い訳してるわけでもないさ。
でもあまりにもこの変貌ぶりは酷いじゃないか。

昔の友人からは“ビフォーアフター”となじられ、今は“見る影もない”とまで揶揄(やゆ)されて(少しオーバー)、もう生きてはいけない! 断崖絶壁に身を投げようかと嘆き悲しみ(そこまでではない)、、、目の前を見たら、朋泉の美人社長。。。昔ホッソリとしたスタイルで誇らしげにほほ笑む写真を見せてくれた。同じ悩みを持つ人が身近にいるのだ。彼女はいつも楽しげに笑っておられる。愛する人(若旦那)と手に手を携えて幸福に暮しておられる。私だって生きていける! こんな私にだっていつか幸福の女神が舞い降りる・・・・・かもしれないではないか! 目標ができた。

ということで、やっぱり生きていくことにした(ずいぶん簡単に生きたり死んだり出来るものだ)


高血圧治療のため、草加中央診療所へ。
この病院は昔私が家のプレス加工業を手伝っていて右手の人差し指を機械で切り落としてしまった際に、ビニール袋に入れて持って行った指を縫い合わせてくれた病院だ。あの時はちょうど「冷静と情熱の間」ではなく、「平成と昭和の間」だった。入院中に年号が変わったのだった。
その時の先生は他界してもうこの世にはいない。人情に厚く、穏やかでなんとも言えぬ味のある先生だった。
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当時の院長先生。町のみんなが大好きな先生だった。
先生が繋いでくれた私の右手人差し指。
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普通取れた骨をつなぐ場合、折れた部分を重ね合わせてつけるものなのだそうだ。つまりは少し短くなる。しかし、関院長は、「書道の先生が右手人差し指が短くなっては仕事になるまい。」と言って重ねずに付けてくださった。縫合し終わってレントゲンで見てみると、微妙にずれている。細かいところだから縫い合わせている間にずれてしまうのだそうだ。だからやり直す。そしてまたレントゲン。またずれている。またほどいてやり直し。ということで三回も手術をやり直してくださった。当の私はというと、手術前に・・・
「そんな怖いこと見てなんかいられなぁい。見たら卒倒しちゃう!」なんて言ったものだから全身麻酔で手術をしてくださった。だから三回もやり直した大変な手術の事なんか何も知らない。後で父と姉から事の次第を聞いたという始末。
院長せんせっ、今私が書家としてあるのは先生のお陰です。ありがとうございました。

院長が亡くなって息子さんが後を継いで何年が経つのだろう。10年以上になるのだろうか。今度聞いてみようっと。
久しぶりに若先生を見てビックリ! ずいぶん痩せた! 
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どうして~?
それは・・・マラソン。
ずいぶんいろいろなマラソンに挑戦しておられる。ハーフもフルマラソンも。
これが証拠。
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よく見てみてると、

河口湖とか・・・
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霞ヶ浦とか・・・
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春日部大凧マラソンもあるよ~。今その申し込みだそうで、舎人ランナーさんが申し込んでみようかなぁなんて言っていたところだ。へ~~~。。。
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さぁ、わ・た・く・し。。。
どうする?
若先生のように運動して痩せる? それとも・・・・。
体重を減らして血圧を下げる? それとも薬で・・・。
答えは決まっている。 太ったままでも幸福をつかんだ女性が近くにいるのだ。
私の「進むべき道」「進む道」とは常には一致しないもの。
私に「根性」なんて言葉は似合わない。
苦労しないで痩せる方法なんて言ってる人は結局痩せないのだ。
あきらめが肝心だ! 
と開き直る勇気もない。
いったいどうしたらいいのだ。

ねえ先生、痩せる薬とか注射とか、そんな魔法の薬ない?
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年末年始は何かと忙しい。

我が家ではクリスマスには大小のツリーを飾り、リースを三つ飾っている。
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これを飾りつけ、片付け、お正月飾りを飾る。


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七草を過ぎるとお正月飾りを片付けて、玄関はこんなカンジに戻した。
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年末から年始にかけてこれらの飾り付けや片づけが楽しみでもあり、面倒でもある。だって全部一人でやるのだから。


 年末年始は平素ご挨拶を欠いている方々にご挨拶申し上げるよき機会であるのに、毎年個展やら書初めショーやら依頼の年賀状作成やら大掃除やらで自分の年賀状もお歳暮もお年賀もおろそかになってしまう。以前は無理をしてなんとか不義理しないように奔走したり、それが叶わなかったことに心を痛めたりもしたが、だんだんそれもわざと忘れるようになってきた。所詮すべて一人でこなすのは無理があることに気づいたのだ。ずるさを覚えて自分の身と心を守っている。身に降りかかる多くの不条理や多すぎる仕事量に押しつぶされて、気を病んでしまう人達は私のようにずるさを覚えるといい。

ふと見るとこんなカレンダーが、、、、
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そうだ、これは正にこんな私を指して言っているに違いない。
「まあまあそんなこと言わないでぇ。。。」とカレンダーに言ってみる。

多くは望まぬ。昨年も無事に一年を暮らし、今年も健やかに新年を迎えることができたことに感謝しよう。こうして一つひとつの行事を楽しみ、いくつになっても未来を夢見、前を向いて歩いていこう。
今年も既に各学校や学級の代表で書初めの席書大会にコマを進めている生徒たちから報告が入りだしている。今年は何人入賞するのか、また次のイベントは何なのか。北海道やら個展やら数カ月先までスケジュールが入っている。あっちが痛いこっちが悪いだなんて言ってられない。
ただ毎日うまい言い訳を考えながら今年も一年ゆっくりと歩いていくのみだ。
草加、越谷 千住の先よ。
という言葉がある。
江戸時代の人は千住で舟を降り、着物を着換え、わらじを履き換えて旅に出た。
最初の宿場は草加。
次が越谷だ。

今、草加は「今様草加宿」と銘打って昔の宿場の賑(にぎ)わいを取り戻そうと、いろいろな試みをしている。今年は年明けから我が家の前には草加七福神巡りの人たちが行き交った。道路も舗装しなおし、タイルを張ってきれいにしたり、東福寺さんの周辺の舗装には石畳を敷き詰めたりしている。電線の地中化についてもようやく予算が通ったらしいという噂を耳にした。芭蕉が通った松並木も整備され、公園も至る所に造られている。壊れかかった蔵屋敷の修復や道拡張のための屋敷の移築も昔の趣を残した形で今様とうまく調和させている。この画像は草加の名家 藤○屋さん。左が昔の屋敷を移築、右に新居を建て増ししている。
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そんな草加の看板娘、おせんさんの銅像が草加駅東口にある。おせんさんはいつも座っておせんべを焼いている。
おせんさんの謂われは、
 昔々草加という宿場のお休み処におせんという娘っ子がいたそうな。ある日その宿(しゅく)を通りかかったお侍さんが「団子じゃ日持ちしねぇ。もっと軽くて日持ちのする食い物を出せ。」と言ったそうな。おせんは試行錯誤を重ね、お団子を潰して焼いてみた。それに醤油を塗った食べ物がたいそううまいと評判を呼んだ。おせんが作ったからそれをおせんべいと呼ぶようになったとな。
とまあ私の雑学もこんなところで役に立つ。

しかし、そのおせんさんの銅像。いつもその周りに浮浪者的な人たちが座り込んで昼間っぱらから酒を酌み交わし、鼻とほっぺを赤くして合コンするようになった。屋根があり、テーブルと椅子があるから彼らにとっては格好の“お休み処”になる。
もともと江戸時代、おせんさんは“お休み処”の娘っ子だったわけだから酔っ払いの話し相手も慣れたもの。朝から晩までヤツらは、失礼彼らはおせんさんに話を聞いてもらっている。
私はヤツら、いや失礼! 彼らにその様子をカメラに撮らせてほしいと言ってみた。
いや、嘘、嘘だ。とうとう言えなかった。

梅島の中島書道塾でのお仕事を終え、夜も遅くに通りかかると、おせんさんは寒空に一人震えていた、はずが。。。しかし、誰かが彼女に服を着せてあげてある。ヤツラだ! いや、失礼、彼らに違いない!
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おせんべの傍らにはリンゴが置かれている。
浮浪者にとってはこんな洋服やタオル、リンゴだってきっと貴重な物に違いない。それをいつも自分たちの話し相手になってくれているおせんさんに格段のはからいなのだろう。
草加駅前交番のその前で一日中おせんべを焼き続ける銅像のおせんさん。
江戸の世には「おせん茶屋」でおせんべを焼いていたのだろう。そのおせん茶屋、たまたま私の住まいのすぐ前にあって公園になっている。
なんとも季節外れだが、これは桜の季節に撮ったおせん茶屋の画像。
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私の家を説明する時、「草加駅東口を東に進み、旧日光街道を左。ビジネスホテル朋泉を通り越して、おせん茶屋を左に曲がって二件目」と表現する。
やっぱりおせんさんにはただならぬ因縁を感じる。もしかすると、駅前のおせんさんに群がるあの人達もただならぬ因縁を感じて集まっているのかもしれない。ということは、私とあの人達も因縁の・・・・・きゃ===っ!

最近ブログの更新がないと各方面からお叱りを受けるが、これは他人の不幸に遭遇していないということに相違ない。私の執筆意欲は他人の不幸の元になりたっている。とはいえ、あんまり深い哀しみに打ちひしがれている人を“ネタ”にするってのは、いくら私だって出来ない。誰かが滑った転んだくらいが一番適度に笑えて“ネタ”になる。

そんな中・・・・・

友人の舎人ランナーさんとタオリンの会話がなんとはなしに耳に入ってきた。
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(舎人ランナーさんはこのブログのリンク先にもなっている)
(タオリンのVサイン、これは女子高生仕込みの遠近法による顔が小さく見える術なんだとか・・・。)


タオリン「女房とは今年になってまだ一度も会ってなかったんですけど、一昨日風邪引いて女房の病院に行って久しぶりに会っちゃいましたよ~。」
タオリンの奥方は救命病棟24時の看護師だから生活がすれ違いなのだ。知らない人が話を聞いたら夫婦仲がうまく行っていないと勘違いしてしまう。
舎人ランナーさん「田岡さんなんかまだいいですよ。うちなんか喧嘩じゃなくて戦争ですからね。氷河期を通り越してジュラ紀ですから。。。うち帰ると恐竜がいるんすよ。」
やっぱり、、、、舎人ランナーさんちの恐竜が時々あばれるという噂はホントだったのだ。。。

めったに会えぬ救命病棟の女を嫁に持つ寂しい男と、恐竜に踏み潰されながら必死に生きる男の壮絶な人生を垣間見て(かいまみて)、私の触手はビビビッと動いた。待ちに待った他人の不幸だ! それもそこそこ笑える、、、これをネタにしないって手はない!

たまにでも会える妻がいる幸福と、たとえ恐竜といえども自分の帰りを待っている人がいるというのは少なからず温かい気持ちになる。そして何よりまた今後ともブログの“ネタ”として健康に留意し、仲良く喧嘩しながら話題を提供し続けてくれることを期待している。ちゃんちゃん。。。



敬頌新禧
あけましておめでとうございます。
皆様にとりまして本年が飛躍の年でありますよう
心からお祈り申し上げます。


さて、寅の年、元旦、今年もお台場のホテル日航東京にて新春書き初めショーを行った。(新春シャンソンショーではない。早口言葉じゃないのだ)お蔭さまで午前の部、午後の部、二回とも盛況だった。(二回目は人通りがなくてどうしようかと思ったが、始めたら自然に集まってきてくださったので、ホッと肩をなでおろした。)
その様子をアップしよう。

まず一枚目、「敬頌新禧」
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二枚目は「飛翔」。この一年が皆様にとりまして「飛躍の年」でありますように心をこめて書きました。
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そして、今年はお客様参加型。「書き初めに挑戦してみたい方、手を挙げてくださ~い」
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本当に腕自慢がやって来てしまった。私よりうまく書いちゃダメって言ったのに!
次の画像の一番左、「光る富士」が小学6年のみずきちゃんの作品。
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御立派!!!

今日書き初めに挑戦した方、午前の部はご婦人の吉田さん。小学二年生のもえかちゃんの二名。午後の部は小学六年の杉山みずきちゃん、私の友人山崎夫妻の三名。みんな腕に覚えのある上手な方が出ていらした。来年からは私も負けないように頑張らないといけない。

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ここでお詫びだ。私の友人の山崎理(ただす)、和子夫妻が書き初めに挑戦! 
私「さぁ、今日は何を書いてくれますか?」
和子さん「特に考えていません。」
私「じゃあ、考えていない方のために私が一応考えてきたんですよ。一応、“一陽来復”。」(ややうけ)
理「大福?」
私「大福じゃありませんよ、来復ですよ。ったくも~ねぇ。。。」
ということで書いたお手本が「一陽来福」。あ~~~、どうしよう、皆さんの前で「来復」を「来福」と書いてしまった~~~! 頭の中は「大福」でいっぱいだったのだー。誠にすみませんでした。

さて、各回5名ずつじゃんけんで私の色紙作品をプレゼント。しかし、1回目はじゃんけんの決着がつかず、6枚プレゼントしてしまったから、2回目は3枚。そして、1回目に書き初めに挑戦してくれた小学二年生のもえかちゃんが、2回目にも来てじゃんけんに挑戦してくれたので、最後の1枚をプレゼントした。
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なんとなく 今年はよいことあるごとし 元日の朝 晴れて風なし  啄木のうた

今年の元日は愛犬スズリの散歩に玄関を出ると、なんとも凛とした空気と青く晴れ渡った空。気持がよくて、今年はきっといいことがあるなと予感した。まさにこの啄木のうたそのものだ。
差し上げられなかった皆さん、ごめんなさい。また次回挑戦してください。

さあて、今年も元日のお仕事を終え、集まってくれた友人たちと共に控室に。
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左からフランス料理と和食の料理人森田晶弘さん。坂本すみ江さん。
真ん中が私。 その右、私の旧友 吉田拓郎さん。以前ディズニーで昔偶然ペアルックを着て来てしまったそっくりさんの巻を書いたが、その人。
一番右は友人の山崎理(ただす)さん。
前列左が山崎和子さん(理の妻)。右が戸板女子高の教え子、吉谷節子さん。
お花は森田より。
一月一日は山崎夫妻の誕生日。二人とも同年、同日生まれ、九州は博多のご近所さんの幼馴染みという運命を感じてフォーリン・ラヴでゴールインという目出度きカップル。

控室のベランダは富士山がくっきり見えて気持ちがいい。
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もう陽も傾いてきた。
さあ、帰りましょう。と言って席を立ったはよいが、
大変!、車のキーがないっ! 着てきた上着もない! 会場に置いておいたものを忘れ物と思われてフロントに届けられていたのだ。しかし、見つかるまでには右往左往して探した。
我が師、中島玉鳳はいつも「忘れ物が多いのは愚かな証拠ですよ。」とおっしゃる。正に私のことだ。しかし、その辺、「山崎先生は中島先生にそっくり。」と陰で言われていることを師は知らない。

外に出ると、もう陽もとっぷりと暮れていた。レインボーブリッジを背に。
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帰宅してまずは頂戴したお花が枯れないうちに生ける。とは言え、お花を習っていない私はいつも適当に挿してしまうしかない。
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蝋梅(ろうばい)も百合も香りがよく、部屋中によい香りが広がっている。


今年も春から賑やかに幕を開けた。
どうか今年もお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。
よい年にしましょう。


※写真提供:山崎理
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