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皆さんは「金のなる木」という木を知っておられるだろうか。“この木何の木気になる木”ではない。どこにでも植わっている特に珍しい木でもない。我が家には二鉢植わっている。ひとつは父の家のベランダに植わっていたもの。もうひとつは昔職場で管理事務所の人が庭木の剪定をした際、惜しげもなくバンバン切り落とした枝をもったいなから拾ってきて植木鉢に刺しておいたら根がついて育ったもの。私はズボラだから植木に水をあげ忘れるなんてことはしょっちゅうだ。だから毎日かかさず散水しなければかれてしまうような植木は枯らしてしまう。その代わりあまりかまい過ぎない方がよい植木はよく育つ。「金のなる木」は多肉植物で、サボテンなどと同じように水分を多量に蓄えているから少々水をあげ忘れたって枯れることなどない。夏の暑さにも冬の寒さにも強い。今まで金のなる木に肥料を与えたこともない。それでも枯れることなく毎年着実に育っていく。ズボラな私にはもってこいだ。

 その金のなる木が枯れてしまった。信じられない!
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「たいへ~~~ん! 貧乏になっちゃ~~~う!」と叫んで慌てて家の中に取り込んだが、もう遅い。こんなに葉が落ちてボロボロだ。
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どうしたらよいのだろう。このままにしておけば、この茶色く変色した葉は元の緑に戻るのだろうか。それともいっその事切り落としてしまって新しい葉の生えてくるのを待つか。。。インターネットで調べてみよう。
 ベランダで金のなる木が枯れているのを見て「貧乏になっちゃう」と一瞬ヒヤリとしたが、そうだ、、、元々貧乏だったんだ、と言う事に気づいてホッとした。今日、梅島の中島先生のお稽古に行ったら先生のお宅の金のなる木も枯れていたので、更にホッとした。何をホッとしているのかわからないけれど、「金のなる木はお金が貯まるお守り」みたいなイメージがあって、どんなにぞんざいに扱っても枯れないと思っていたのに枯れてしまったというのは何か不吉な感じがするではないか。まぁお金のことでは決して揺るぎない盤石な家の金のなる木も枯れているというのはこれはやっぱり自然現象が原因なのだと思い至るが、ではなぜなのだろうと気になりだしてきた。
去年だって一昨年だって、ずっと外に出しっぱなしだったわけで、今年に限って外に出したわけではない。。。雪か?! それも以前は大丈夫だったのに。。。しかし、よく考えたらこんなに一年に何度も雪が降ったなんてこと今までなかったような気もするし、また二年前までは「ベランダ」だったが、今は「バルコニー」だから屋根がない分 雪が積もってしまっていたのだ。そうに違いない。あぁ、、、かわいそうな事をした。
 お金だって無頓着に使っていたらいつかなくなる、収入と支出のバランスを考え、このままでやっていけるのかどうか時々じっくり考えてみないといけない。気が付いたら枯れてしまったというのでは遅いのだ。
 私が何かを食べていると「おいしそうだね~、それいくらだった?」とよく聞かれる。んんん???いくらだったのだろう。。。あまり買う時に気にしないのだ。それを言うとみんなに「へ~、お金持ちは違うね」とイヤミを言われる。決してお金持ちでないが、あまり細かい金額は気にならない性格みたいだ。これは直すべきだと思いつつ、未だになかなか変われないでいる。しかし、金のなる木が枯れたのだ。今度ばかりは気を引き締めて財布の紐を締め、無駄遣いをやめて質素倹約を心に誓った。ギブミーチョコレート! あの頃は辛かった! また調子に乗った。まさかと思うが今の冗談を本気にとられる可能性もあるので一応申し上げておくが、私はギブミーチョコレートの時代にはまだ生まれていない。
気候も異常気象、経済も金融危機。金のなる木が枯れたのはやはり何らかの因果関係があるのかもしれない。大事に水をあげ、冷たい雪にさらされぬよう心を配り、時には肥料もあげよう。植え替えだって考えよう。枯れてしまっては遅いのだから。
 みなさんの家の金のなる木、枯れていませんか? 金のなる木情報をお寄せください。
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友人のかおりちゃん(ベッキーじゃない)に第二子が誕生した。


名前は祐貴(ゆうき)
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第一子は女の子。「ほのか」も命名の書は私が書いた。
福井のコシヒカリが「ほのか」だからこの子は福井の子かと思えば、なんと秋田。
それなら「おばこ」「こまち」にしやがれ! とはいくら私だって言えない。


そして、今回の第二子は男の子だ。
お母さんが“べっぴんさん”だから子供も“イケメン”だべさ。
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第二子は実家の秋田に帰って出産。誕生は10月21日。
ようやく落ち着いて東京に戻って来たと祐貴を連れて挨拶に来てくれた。
今まで私が命名の書を書いたのは100人にも及ぶがそれぞれに思い入れがあって、
なんだか他人には思えない。みんな私の子みたいな感覚でカワイイ。
いつも抱っこさせてもらう時には我が子を抱くように
「アバババババ~・・・はぁい、パパでちゅよ~、、、うそでちゅよ~。ママでもおじちゃんでもおじいちゃんでもありまちぇん。」と訳のわからないことを言う。この年になっても「おじちゃん」という言葉にまだ抵抗があるのだ。何と呼ばせていいのか、何と呼んでもらいたいのか思い至らない。
人は自分に子供が出来ると、その子供の友達から「○○ちゃんちのおとうさん」とか「○○ちゃんちのおじちゃん」と言われ、だんだん「おじちゃん」という言葉に慣れていくものなのだ。未だにうちの甥達も私を「裕之お兄ちゃん」と呼ぶ甘やかされよう。未婚の私にとっては何の免疫もないままこの年まで来てしまったのだ。「この年」ってホントにもう大台にまさに乗らんとしている。半世紀生きてきたのだ。同級生はおじいちゃんになっている。さすがに「お兄ちゃん」と呼ばれるのもくすぐったいけれどもそろそろ「おじさん」位には慣れないと周囲が迷惑だ。皆さんどうぞお好きなようにお呼びください。




先日の「朝青龍に学ぶこと」に引き続いて、また嫌~な光景を記事にすることになった。
国母和宏(21歳 東海大)
バンクーバーの空港を降り立ったハーフパイプの国母和宏選手の服装がだらしないと問題になっている。服装の乱れを指摘され、入村式を自粛させられた10日の会見の様子がテレビに映し出された。
記者から「服装の乱れについて問題になっていますが、、、」と質問され、
「あーっ?! なにーーーっ!」と国母。
椅子の背もたれに寄りかかって
「ちっ! うっせーなぁ!」
テーブルに片肘をついてマイクを持って
「はんせーしてまぁす」
と、どこまでも人をバカにした態度だ。
あのお笑いの「どぉも すいやせん!!!」っていう響(ヒビキ)のミツコじゃないんだから。


またこの会見を見て日本中から非難が寄せられた。全日本スキー連盟の伊藤義郎会長は「大いに不愉快」と言っていたくご立腹。選手団副団長SAJの笠谷幸生競技本部長が自身の辞任と国母の出場辞退を伊藤義郎会長に申し入れた。伊藤会長はそれを受けて橋本聖子団長に謝罪。「強く責任を感じている。選手団としての資格がない。」として国母の出場辞退を申し入れた。またこれを受けて橋本団長は国母と直接会談。約40分に及ぶ話し合いで橋本団長は「熱意を感じた。『オリンピックに出たい』という言葉も聞いた。スタートラインに立たないまま終わるのは逆に無責任だと判断した」とSAJの申し入れを撤回。日本オリンピック委員会(JOC)から「団長一任」を取り付けた上で、開会式にスノーボードの萩原監督とコーチ2人を含む4人を参加させない代わりに試合出場を許可した。

その国母選手の会見
「いろいろな方々にご心配とご迷惑をおかけしましてすみませんでした。応援してくださる方々に雪の上でいい滑りができるよう頑張ります。」と言葉を選んだ。
 ※文章は一部2010.2.14 高田文太氏の紙面から引用した。

一応態度も言葉も改めた会見ではあったが、やはりぎこちなく、質問に対する返答は実のある内容とは思えなかった。
が、相撲と違って常識をわきまえた人が上層部にいるようなので、まだ救われるか。。。

2月14日(日)のテレビでテリー伊藤が、
「日本に帰りゃあ、あの位の年の半分くらいの人達はみんなあんなカッコしてますよ。別に他の国の人が批判してるわけでもないのに日本は自国批判が多すぎるんじゃないすか。大騒ぎしすぎですよ。」
すると、もう一人のコメンテーター(スポーツ記者)が
「バンクーバーの空港にはカナダのオリンピックの係りの人達が大勢出迎えに出てくれているんだから、失礼じゃないですか。」
って、結局「服装の乱れ」について激論を交わしている。

あの時と同じだ。

朝青龍がモンゴルでサッカーに興じたとき。

テレビでは“朝青龍が巡業をサボってモンゴルでサッカーをやった!”ことについて激論を交わしていた。

どいつもこいつも物事の本質がわかっていないからいっこうに解決しない。改善しないのだ。

あの国母の態度を見れば、平素の様子が見て取れる。普段きちんとしている人が会見のときだけあんな風にだらしなく他人を馬鹿にした態度をとるわけがない。親が行儀を教えていない、身の回りの人が礼儀や言葉遣いを教えていない。
小さい頃から長けたスノーボードの才能に酔って好き勝手やりたい放題にやってきたなれの果てと見えるのは私だけだろうか。
 しかし、本当に苦労もなく、好きな事だけしてオリンピック代表に選ばれるのだろうか。辛いことを乗り越え、死に物狂いで精進した先に到達した境地に違いないのだ。そんな彼のすべてを否定しようと言っているのではない。それは朝青龍に対してだっていっしょだ。せっかく誰よりも頑張ってきたのに、世の中からは排除されようとしているのだ。私たちは彼らのこういった問題を通して子供たちや若者たちに、どれだけ努力をし、汗と涙を流して成就した果てにも言葉や態度が悪くてはガラガラと音を立てて築いた物がくずれていくのだということを教えなければいけないのだ。それを怠った見本がこの国母選手であり、朝青龍なのだから。教育というのは物事の本質を見失うことなく、的確に教えなければ意味がないのだ。

 これで彼が帰国する時、良い成績を収めて戻るのか、それとも不調に終わって戻るのかによってまたその対応が変わるのだろう。もし彼が仮にメダルを取って帰国したとしても、彼に対する指導、教育は決してうやむやにしてはならない。また朝青龍と同じになってしまうからだ。

ということで、今月の北斗文化学園での講義は「朝青龍や国母選手に学ぶ“努力を無にしない法”」
こんな感じで一発吠えてきたいと思いまぁ~す。・・・・・って不真面目なのはどっちだよ! ごめんなさぁい。
北海道では氷点下30度と記録的な寒波に見舞われている中、東京でも降りましたよ、。 子供の頃は待ち遠しかった。今回は初雪の予報がテレビでもネットでも流れていて、降る前から雪かきの準備をしていた。“イヤだなぁ、雪かき。。。” 室蘭からも例年にない大雪のため、雪かきに “痩せる思い” とかなんとか連絡が入っている。あちらも “思い” ばかりでいっこうに痩せないらしいが・・・。

嫌だなぁ、、、雪。。。今日は自転車のリコールがあって、取り替えてもらう日なのにぃ。。。“自転車のリコール”なんて聞いたことあります? もう5年も前に買った自転車が不具合のためお取替えいたしますという通知が来たのだ。不具合の概要というのが、またなんとも・・・塗装の色落ち。確かによく見りゃ色が変色しているが。。。取り替えるほど? でももうオンボロになってきているこの自転車。取り替えてくれるというのだから取り替えてもらおう。しかし、この自転車、、、当時新聞に入ってきた大特価のちらしにつられて車で30分ほども離れた自転車屋まで買いに行ったものだったのだ。その後右足のかかとを痛めて車の運転が出来ない時期に車は手放してしまったから、さぁ大変。どうやって取替えに行こう。自転車だと1時間か1時間半も走り、さらに帰りにもそれだけ走る。。。寒いよなぁ、、、疲れちゃうしぃ。。。誰か自転車を乗せられる軽トラ持ってる人いないかなぁ。だってレンタカー借りたらせっかく自転車を新しいのと“タダ” で取り替えてくれるというのにタダじゃなくなっちゃうし~。 そうだ!! ホテル朋泉さんに頼もう! でもなぁ、、、また若旦那に「わがままな先生のためならどうぞ!」とかなんとか言われそうだしなー。 ということで、早速若旦那に電話。 言われたいのかい!  「あの~、、、貸し出し出来ちゃう用の軽トラなんてないでしょうかねぇ。。。」   すると、若旦那 「貸し出し出来ちゃう用の軽トラなんてうちにはありませんけど先生の頼みならお貸しします。でも先生に似合う軽トラなんてありませんよぉ。」いつものように変化球の言葉のキャッチボールも早々に終えて借りに行った。今日は夜から雪の予報だからさっさと自転車を取り替えてこなけりゃ降り出したら大変だ。若旦那にかまってる暇はないのだ。ということで早々に車を借りてエンジンスタート。 レッツラゴン!(これも死語だ)
塗装が少し変色したくらいで本当に新しいのと取り替えてくれるのだろうか・・・・半信半疑で向かった朝日サイクルだったが、本当に取り替えてくれた。そして、、、まんまと雪に降られた。(読者の期待通りの結果になった)しかし、まだ帰宅するまでには積もらないから大丈夫。家まで半分ほど近づいたところで携帯に電話が入った。見知らぬ番号からだ。
「はい、もみもみ。。。」とは言わなかった。「はい、もしもし」
すると「先ほどの朝日サイクル扇店ですが、、、あの~~~、先ほど自転車をお取替えしましたが、古い方の自転車はぁ。。。」
あ、あああ・・・・。古い方の自転車を持って行くの忘れたーーー! 雪が降ると言うので慌てて向かったからすっかり忘れてしまったのだ。急いで朋泉さんに戻り、新しい自転車をおろし、古い自転車を積んで取って返した。雪の降りしく中、軽トラをサッソウと走らせ、もう一度朝日サイクルへ向かった。久しぶりに降る雪は幻想的で美しいなと感じた。幸い帰宅するまで雪は積もらないでくれたから、無事にリコール自転車取り換え大作戦は任務完了した。お借りした軽トラはタダ返却するのも悪いから、朋泉さんで夕飯をタダでごちそうになって帰ってきた。
帰宅したら雪がひどくなって一時はこんなに・・・
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夜の雪景色はロマンチックだった
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庭の彼岸桜に積もった雪は幻想的
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翌朝窓の外を見てみると、きれいだー! 美しい雪景色が広がっている。
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室蘭の北斗文化学園で用意してくれた北海道仕様のスノーシューズを履いて出掛けよう。
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さすがに北海道仕様はまったく滑らず、安定歩行。 
おまけに自転車も新品だからタイヤが雪に滑りにくい。 今日の雪のために自転車を取り換えたみたいだ。
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そして雪はほどなく溶け、雪かきも必要なかった。最近はラッキーが続いている。
先日うちの小林瑞鳳“お金が貯まるお守り”なるものをくれた。“三本松”と呼ばれる珍しい松を丸めて繋げたお守りをお母上が作ってくださったのだそうだ。“三本松”というのは“松の木が三本”植わっているのかと思っていたが、そうではなく葉が三本の松をいうのだそうだ。普通松の葉は二本で、三本というのは珍しくてご利益があるのだそうだ。
「先生、これをお財布に入れておくとお金が貯まるんですって。。。」
それからというもの、最近ちょっとお金が貯まるような・・・・・最近、ちょっといいことがあるような・・・・二本松のお陰かもしれない。ご利益ご利益・・・・あ、それはそうと今年はまだ初詣に行ってなかった! ご利益どころか罰が当たるよぉ。。。 


※小林瑞鳳先生から「三本松」を「二本松」と書いていた旨ご指摘を受け、修正いたしました。
修正前にお読みになった方にはすみません。
朝青龍が引退した。
その後に続く言葉は人により様々だ。
「残念です。」
「もう少し頑張ってほしかった。」
「いろいろ問題があったから当然。」

私は・・・・・。複雑な立場にいながら答えは決まっている。
これでようやく相撲が見られる。私が相撲を見なくなって何年経ったのだろう。あの朝青龍の態度の悪さを見ると腹が立つから見ていなかったのだ。
 以前にも朝青龍について取り上げた。講演でも熱く語った。ちょうど巡業をさぼってモンゴルへ帰ってサッカーに興じたと報道された頃だ。世の中の大半の人は彼のその“巡業をさぼったのにサッカー”という文字に踊らされて彼を非難した。しかし、本当にそうなのだろうか。巡業をさぼってサッカーをしたから悪かったのか。そうではないだろう。体調が悪いから巡業を休んで自国に帰って静養していた。サッカーの試合を見に行ったらそこに国会議員だか王室だかの偉い人からちょっとチャリティーだから参加してくれないかと頼まれたら断れないでしょう。入院して動けないわけではないし、モンゴルに飛行機で飛んで帰れるくらいだから重体ではないのは明らかなのだ。しかし、巡業に出られるほど体調が整ってはいない。っていうのも理解は出来るはず。では何がいけなかったのか。。。それは彼の普段の傍若無人の態度と物言いですよ。土俵から既に出ている相手をさらに突いて倒したり、インタビューアーに罵声を浴びせたり。。。世の中の大半の人は「あの野郎いつか見てろよぉ。」と思っていたのに違いないのだ。その「いつか」が「サッカー」だったのだ。だからあのサッカーの時、世の中は「巡業をさぼってサッカー」を攻め立てたが、本当にわかっている人が周りに一人でもいて、「お前が今世間から攻め立てられているのはモンゴルでサッカーをやったからではなく、普段の態度や言葉遣いが人を不愉快にしていることが原因なんだよ。」と教えてあげればよかったのだ。そうすれば、数ヵ月後にハワイで報道陣に「死ね、この野郎!」とは言わなかっただろう。
 朝青龍はもともとあんなに汚い日本語をしゃべっていたのか。誰かがあの汚い日本語と態度を教えたのではないのか。朝青龍は高校生で日本に来た。そこで高砂親方がスカウトして高砂部屋に入門したという。そこであの問題の言葉や態度を教わったのだ。今回の朝青龍の引退騒動でも高砂親方にインタビューアーがマイクを向けたら「どけっ!」と言って報道陣を押しのけて車に乗り込んでいた。間違いなくこの人だなと確信した。「横綱の品格」ってみんな言うけど、そんな言葉彼らには難しすぎるだろう。もっとわかりやすく親方にお行儀を教えてあげなくては朝青龍までは伝わらないに違いない。今の高砂親方の現役時代の四股名は朝潮。引退後は我が地元草加で相撲部屋を開設した。私の親しい人達は親方の後援会に入っている。先頭に立って応援している。私が彼を批判しては多くの人を敵に回すことになる。しかし、教育者として私がしなければならぬことは「強ければどんなに悪い態度でも許される」と言うような風潮は絶対に許されないのだということを子供たちに教えていくことだ。テレビの街頭インタビューを見ていても
「朝青龍が引退~?! チョー残念!」って言っている連中の行儀は悪い。言葉遣いもなっていない。年配者だっていっしょだ。朝青龍を擁護する人達の態度はやはり悪い。 言葉遣いや態度の悪い人達が世の中を埋めつくさないように子供達には美しい日本語を教え、お行儀を身につけるべく私たちみんなで指導して行くことこそが今私達に課せられた任務なのだ。

よい子のみんな、強いけれど言葉や態度の悪い朝青龍は世間様から許してもらえず、やめることになりました。文字や言葉は人に気持ちを伝えるためのものです。やわらかな態度とやさしい言葉を身につけ、みんなに愛される大人になってください。

※高砂部屋講演会の皆さんごめんなさい。悩みましたが私の立場は変えられません。
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