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お茶の片爪宗絹先生のお招きで浅草は伝法院のお茶室天佑庵でのお茶会に出席した。

平成22年12月18日(土)午前10:30 快晴 気温12℃
浅草寺の伝法院山門をくぐると、まずは美しいお庭が出迎えてくれる。
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片爪先生が気にしておられたお天気は雲ひとつない快晴。抜けるような青い空と浅草寺の五重塔が池の水面に映って美しい。
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ポカポカと穏やかな陽の光に包まれて歓談。
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さて、秀鴎、、、、ちゃんと失態をさらさずに事なきを得たのかどうか。。。。
それは・・・・・・。

以前何度か教育テレビでお茶の講座を見たことがある秀鴎。
いざとなったらそんなもん何の役にも立たない。どうしてよいやら心配だったので、11月に知り合いのお茶の先生に事情を話して、教えを乞うたのである。といってもたった一回ひと通り流しただけだから、挙措動作しみ込むところまではほど遠い。その後きちんと図に描いて記録をとっておけばよかったものをそのままにしたものだから、一ヵ月も経てばきれいさっぱり忘れてしまった。それでも片爪先生はお茶とお菓子をおいしく召し上がってくださればそれで結構とおっしゃるのだからそれでいいではないか。なんとかなるさ。

ということで、一回きりの講座で教わったように、男用の大きめの懐紙にくろもじを挟み、懐(ふところ)に収めた。お茶のお扇子はまた違った意味をもつものだから普段使いの扇子を持って入るくらいなら持たない方がよいというので、持たずに入ろう。お茶用のお扇子や、袱紗袋(ふくさぶくろ)などはお茶をたしなんだ人しか持たないものだから、それを持っているということは多少のたしなみはあると見られるではないか。何もわからぬのなら、正直に何も持たず何もわからぬと明かして、見よう見まねで行こう!

 まずは受付で羽織と巾着をお預かりいただく。芳名帳に筆で署名。私の腕の見せ所なのだが、なんせ手がかじかんでいる。すると炭をおこしてあって手を温めるものをスッと出してくださった。
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受付を済ませると片爪先生の愛弟子岩本なるみさんが出迎えてくださった。(私のお隣がなるみさん)
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なるみさんは私の草加の展覧会にも片爪先生とご一緒にいらしてくださったことがあり、以前からの知り合いだ。まず片爪先生からとおっしゃって懐紙とお扇子を。私(なるみさん)からとおっしゃって手ぬぐいをくださった。私が懐紙を持って来なかった時のためにそこまで気を使ったくださっておられた。
せっかくだから懐の懐紙を片爪先生がご用意くださった懐紙に取り換え、なるみさんの手ぬぐいに挟んで懐に入れ直した。なるみさんがお庭を説明していっしょに歩いてくださっている間にいよいよお席の支度が整いました~。

手水場(ちょうずば)で手を洗い、(洗い方は以前テレビで見た覚えがあるがすっかり忘れていた、が、なるみさんが洗っておられるのを見て思い出した。)
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そしてにじり口から中へ入ると
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四畳半ほどのお部屋だろうか、静かで穏やかな空気の中に引き締まったものを感じる。
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このお席の客人は5人。やっぱりお茶を習ったことのないのは私だけだった。
どうしようかと思う間もなく、その中のお一人がとても元気な方で、ここに座ってまず掛け軸を見て、花を見て、こちらに向き直って座ってください。お茶碗は高く持ち上げずに低い位置でよく見て次に回してください。と教えてくださる。なんだ心配することもなかった。こういう方が一人いればたいていの人はなんとか乗り切れる。

私とお隣が片爪宗絹先生。背筋の通った凛とした空気をお持ちだ。
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お菓子は先生が選んだ逸品。
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やわらかくてもちもちしていて穏やかなやさしい味がする。
いや、ちょっと待てよ~。。。。あらららら、、、、忘れたーーーー! 懐紙に挟んでおいたくろもじだが、片爪先生がご用意くださった懐紙に取り換えた時にくろもじを差し替えるのを忘れてしまった。どうしよう手づかみでいただこうか。と思っているところへなるみさんがスッとくろもじをお出しくださった。
ああこれがお茶で言う「拈華微笑(ねんげみしょう)」というものか。。。
何も言わなくても心が通じる。
最初からお茶の心得のない私がくろもじを持って来なかったことを想定してご用意してくださっていたのだ。何日も前から事細かにあらゆる事を想定し準備を万端に整えて客人を待つ。茶道というのはこういうおもてなしの心を言うのであって、お茶を飲む時の作法ばかりを言うのではないのだ。それが今回私が学んだこと。私が恥をかかずに済んだかどうかなんてどうでもいいことだ。門外漢の私が無鉄砲にもお茶会なんぞに乗り込んで行った甲斐があったといものだ。

お茶会を終えてにじり口から出てきたところ。(お出迎えしてくださったお弟子さんにも、先に出てカメラを構えてくださったなるみさんにも感謝)
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お茶室を出て、お部屋に戻ると片爪先生が既にお待ちくださっていた。
これは竹内理恵さんが撮ってくださった画像。穏やかにやさしく撮れたいい写真だ。
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ご用意くださったおいしいお弁当をいただき、今日はこれから足立の書道教室だから急いで失礼させていただいた。なるみさんがお見送りくださり、最後まで至れり尽くせりだった。
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これはなるみさんがオーナーをつとめる洋品店の前で。いつも親友トシちゃんといっしょに行く釜めし春のお隣。

ということで、挨拶もそこそこにつくばエキスプレスに飛び乗り、お稽古に向かった。

これはお土産にお持たせくださったお菓子。
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ご報告
・春に人力車の車夫さんが「この門は普通の人は入れないんですよ。○○大統領クラスしか入れないそうです。」と言った門から中に入ってきました。
・茶道と言うものはお茶を飲むお作法だけではなく、すべてのおもてなしの心を以心伝心伝えあうことなのだと知りました。


以上お約束の「秀鴎お茶会に行く」の報告の巻でした。
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「あらアンタ、人の携帯覗くもんじゃないわよ~!」
スナックのママが私の隣りに座っているお兄さんに言っている。
・・・ということは、、、携帯を覗かれてるのは、、、わ、た、し?
確かに私は今メールを打っているところだし。。。


「違いますよぉ! 見る気なんかなくても字がでっかいから見えちゃうんですよぉ!」
やっぱり私のことだ。

ママが私の携帯を覗きこんで「あらやだ~、この人一行に6文字か7文字ぃ。。。すごい目が悪いのね~。」

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違う、ただの老眼だ! 私は面倒だけど鞄から老眼鏡を出してきてかけた。だからと言って文字が小さくなるわけでもなかったのだが・・・。
どれどれ~? って全然知らない人まで私の携帯を覗きこむ。これまた面倒だから、みんなに画面をほぉ~らと見せてあげた。
「今はこういうのあるのよ、らくらくホンって言ってね、よく出来てるわ。」
違~~~う!  これはらくらくホンではありません! 

ママ「だったら他から見られないようにフィルムを張るとかなんとかしないとこれじゃ遠くからでも見えちゃうわよ。」って大きなお世話だ。

皆さんすみません。そんなにご心配をおかけして。。。でも別に困っているわけではありませんし、普通の携帯の文字設定をちょっと「大」にしただけですからもうご心配なく!


フィルムって何のこと? どこに売ってんの?
「妻と最期の十日間」
最初からショッキングな書き出しだが、桃井和馬氏の小説のタイトルだ。
実際に奥様がくも膜下出血で亡くなった際の
驚き、ショック、苦悩、悲しみ、そして立ち直るまでを綴った自叙伝小説で、
集英社新書から12月17日(金)に発売される。
 とても興味深い作品で是非読んでみたい。
実は私も2000年8月にくも膜下出血を経験しているので、
どうも他人事とは思えないのだ。
おまけに今から26年前、母が脳溢血で倒れ、三日後に息を引き取った。
そして、親友の篠さんが1998年8月に交通事故で脳内出血、
病院に駆けつけると、母の時と全く同じ。大いびきをかき、
まるで逆立ちしているかのように頭に血が上ってパンパンの顔をしていた。

 この作品の題字依頼を受けた時、あの時の記憶がよみがえった。
私が倒れた時のことではなく、母と篠さんの時のこと。。。
世の中にこんなに深い悲しみがあるのだろうかと涙にくれた日の記憶。

その時の思いを込めて書いた作品がこれ。
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AからFまでの6点プレゼンしたが、この作品Aは選ばれなかった。
私はこの作品に私の思いの全てを込めて書いたのだが、
別のものを更に元気に書き直してほしいという依頼が来た。
この6点をうちのお弟子さんたちにも観てもらって
きたんのない意見を求めた。
 すると、ホテル朋泉の若旦那がひと目見て
「Aは悲し過ぎますよね。」
私はビックリした。と言うのは集英社新書の担当者金井田さんも、
そしてデザイナーさんも同じことを言われたのだ。
「Aはちょっと悲し過ぎます。桃井さんはもう少し前向きに生きようとして
おられるので、もっと元気な感じの方が・・・。」
そうか、、、文字というものは書き手の精神状態を映すと言われている。
しかし、ここまで如実に見透かされるものか。。。
私は未だに過去の悲しい思い出に縛られ、後ろ向きに生きているのか。。。
いやそんなことはないのだが、やはり思い出すと弱気になる。少なくとも
元気な気持ちになんてなれはしない。

少し日をおいて元気な時に書き直した。
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そしてこれに決まり、デザインが出来あがってきた。
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強く弱く、悲しくそして元気に前向きに、、、を実現できただろうか。。。

落ち着いたら作者の桃井さんにお会いして語り合いたいと思っている。
そうしたらまたご報告しよう。

「妻と最期の十日間」
集英社新書  桃井和馬著
12月17日(金)発売   777円


※この作品、両方とも割りばしで書いたもの。
これはいったい何と読むのだ!? 「とろろそむ」
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仮名には「ひらがな」「カタカナ」「変体がな(万葉がな)」という三種類があり、
この“とろろ”は誰もが知っている「ひらがな」。
しかし「そ」は変体がなで(変態ではないからお間違いなきよう)、「楚」という
漢字がくずれて出来た仮名だ。
問題はその後、“む”と書いてしまった。
しかし、“む”では意味が通じないからきっと“ば”と書いたつもりなんだろう。
“は”だったら「者」をくずして
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と書く。
本来濁点はつけないが、百歩譲ってつけてみるとこうなる。
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これを書の心得のないデザイナーが見ると「む」に見えてしまう。それを見よう見まねで適当に書くから
こんなデタラメになる。




これもだ。いったい何と読むのか。。。
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「おもてなのし椀」? それとも「おもてなかし椀」? 
この字はなかなか上手だから、こんな間違いをするはずがない。
どういうことか、、、こういう文字デザインと言うのは「書家」が書くか、「デザイナー」が書くか、だいたいどちらかなのだ。

たとえば次の作品は私が書いたものだが、
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これを本の背に使うために縦一行に直さなければならない。直したものがこちら。直したのも私。
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普通書くのは書家が書いて、組み直すのはデザイナーが直す。
面倒だから最初からデザイナーが書いてしまうと「とろろそむ」みたいなことが起こる。それにだいたい稚拙で見るに堪えない。
「おもてなし椀」は誰か書家が書いたものをどこかから見つけてきて、書の心得のないデザイナーが切り張りして作ったから訳のわからない“モノ”が混入してしまったに違いない。
正しく書くとこうなる。
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うまい下手以前の問題、せめて正しく書こうじゃないか。これを職業にしているのなら。

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」も馬の四つ目の点が右にはみ出てしまっている。これは明らかに誤字である。こんなことはプロならば決してしない。記憶に新しい「天地人」も行書なのに“天”の左払いだけが隷書の様になっていて、日本中の有識者から非難の的になった。

今、日本の商業書道が乱れに乱れている。
以前は商業書道とか書き文字と言っていた。「デザイン書」という言葉は私が作った。これはきちんと「書」も「デザイン」も学んで専門知識を持った職人という意味で作ったのだが、今では「適当な字を書く人」という意味になりつつある。古典を学び、大学で専門知識を身につけ、展覧会活動をしている本格的な「書家」の先生方がこうしたいい加減な「書家」を語る「字書き屋」を「デザイン書家」と呼ぶ。
なんとも悲しいことだ。
私の使命は「デザイン書家」の汚名を晴らすべく、きちんと「デザイン書」を確立すること。たとえ相手がクライアントであってもその間違いはきちんと指摘すること。(今回は相当勇気を振り絞った。もうNHKから仕事来ないかも・・・)それでも私は頑張らなくてはならない。子供たちは印刷物を信じる。印刷物には間違いはないと思っているから、私の書いたものより印刷物を信じる。純粋な子供達に誤った知識を植え付けないためにも闘っていく秀鴎であ~る。
子供の頃、私の家はおもちゃの部品を作るプレス加工の工場を営んでいた。父と母、そして姉の三人で油にまみれてせっせと働いていた。たとえばタンバリンの周りについている金具や、おもちゃの自動車のタイヤホイールなどを一枚の鉄板から機械でぶち抜き、型を押して作る。昔は「蹴っ飛ばし」と言った。今はなんというのか、めったにそういう町工場を見なくなった。油やシンナー、ベンヂンの匂いが立ち込め、そこにはいつもラジオがかかっていた。機械のトーン、トーン、ドンドン、カシャーンカシャーンという音とラジオが小気味よいハーモニーを奏でていた。今思えば、FMだったらこのハーモニーは不響和音になってしまったに違いない。文化放送かニッポン放送。それ以外の選局を知ってか知らずか常に同じ時間には同じ人がくっちゃべっていた。一番覚えているというか忘れられないのは毒蝮三太夫が「このクソばばあ」とか「くたばり損ない!」とか言いたい放題まくしたてていた番組。あんなに汚い言葉を並べても少しも嫌な気はしなかった。今では私も時々ラジオでおしゃべりさせていただくが、放送コードには充分注意を払い、人の悪口は言わない、下(しも)の話はしない、くらいは忘れぬようにしている。(ちなみに私のラジオはトップのインフォメーションから聞いてみていただければ幸いです。。。と控えめに宣伝)最近その毒蝮三太夫の毒舌を久しぶりに聞きたいなぁと思う。当時人ごとだと思っていたがいつのまにか私も毒蝮に「このクソじじい!」と罵声をあびせられる年になってしまった。ああ恐い! 毒蝮と綾小路きみまろには会わないようにしよう。。。

そんな幼少時代を経て、18歳か19歳の頃、都会のおしゃれな友人と知り合うとみんなFMなるものを聞いているのに衝撃を受けた。な、な、なぁんておしゃれなんだろう。誰も「バカ野郎!」とか「ふざけんな この野郎!」だなんて言わない。バックミュージックに合わせて英語なまりの日本語で軽やかにお話している。くっちゃべったりなんかしない。美しく語るのだ。朝は目覚まし時計のリーンとかピピピッっていう音ではなく、FMのイージーリスニングと語りで目覚める。私もこぉんなおしゃれな目覚めを得るんだ! もうAMなんて聞かない! とそんなわけであれから約30年もの間、文化放送やニッポン放送とは訣別し、専らBayFM、ナックファイブ、インターFM、FM東京とお付き合いしていた。

 それが最近ちょっと文化放送さんとお仕事の繋がりがあって、久しぶりに1134kHzにチャンネルを合わせて聞いている。若い頃あれほど冷たく突き放した恋人に30年ぶりに再会したような気分だ。30年も何の音沙汰もしなかった私を暖かく迎えてくれた。
朝は5:00から笑顔でおは天!! 鈴木ずん子アナウンサーの声で目覚め、6:00になると吉田照美ソコダイジナトコ。いかにもAMラジオって感じがする。くにまるジャパンを聴きながらお昼ごはんを食べ、午後は大竹まことゴールデンラジオ!。さらに夕焼け寺ちゃんまで聴いちゃって一日ラジオ漬けだ。そんな中、私の一番のお気に入りは土曜朝の高木美保クロス・トゥ・ユー。毎週土曜朝が楽しみでたまらない。最近クロス・トゥ・ユーの前の時間もなんとなく聴くようになった。それが、とてもAMとは思えないおしゃれな番組なのだ。朝から晩まで文化放送を聴いていて、唯一この幸田真音(こうだまいん)のイッツマインだけはFMと錯覚してしまう美しい声と発音で、ゆったりと心地よい。幸田真音ってどんな人なんだろう。幸田シャーミンの妹に違いない。顔は滝川クリステルみたいな美人で、、、ヨーロッパかアメリカとのハーフだ、きっと。。。いろいろ想像しながら聴いている。
 そしたら、なんとこの間、幸田真音さんが、「来年還暦を迎えます。」って。。。うっそ~~~っ! 何かの間違いでしょ! ってことでWikipediaで調べてみることにした。
(本名澤登久子 女性 1951年生まれ 日本の小説家)ですって。ハーフでもなければ、幸田シャーミンの妹でもなんでもない。滝川クリステルとは似ても似つかない。どこから見ても日本人ではないか。あの声が・・・・この人。。。。。小ざっぱりと髪を短く切りそろえ、ものすごい才女で、頭の良さが顔に現れるすてきな女性だ。しかし、いくら才女だと言われても、私の想像とは全く違っているものだから、なんだか騙されたような気がしてならない。私が勝手に想像していただけで、誰も私にウソなんてついていないのに、急に私の想像していたあの人が神隠しにでもあってどこかへ連れ去られてしまったかようでせつないのだ。これからどんな顔して土曜日を迎えたらよいのだ。何もなかったような顔をしてマインさまを迎え入れろというのか。いやそれは出来ない。だって彼女はもう昔の彼女ではないのだから。。。ってどんどん悪乗りして収集がつかなくなっていく。
 テレビではこんな風に想像が頭を支配し、自分だけのオリジナルのマドンナをつくりあげるようなことはありえない。韓流ドラマにはまったり、フィギュアスケートに熱を上げたり、ニュースをパソコンで確認したりと情報の収集は多岐にわたり、私の中ではAMラジオのしめる役割がどんどんなくなりつつあった。しかし50を迎え、懐かしい旧友と会った思いでラジオを聴きながら、ほっこりぬくもりを感じる今日この頃であ~る。
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