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展覧会にもう一人のお父さんが来てくださった。
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なぜもう一人のお父さんかというと、私が大学を卒業して間もなく、高校の国語と書道の教師として埼玉県立の女子高に赴任した時のこと。そこには常に穏やかでウィットにとんだ美術の先生がいらして、良いこともそうでないことも(笑)、いろいろと教えてくださった。その学校は埼玉県加須市(かぞ)と羽生市(はにゅう)にまたがっていて、半分は加須市、半分は羽生市にあった。真ん中には「会いの川」なる小川が流れて、音楽、美術、書道の校舎は一般教室からは隔たった建物にあって、渡り廊下でつながっていた。空き時間には音楽の先生も交え、お茶を飲んだり、ピアノを囲んで歌を歌ったりと、今思えば贅沢な時を過ごした。
音楽の美人教師と美術のお父さん、そして書道の貴公子(?)は歌の猛特訓をし、何度かコンサートを開いたりもしたのだ。二度と戻らぬ若かりし頃だ。

 当時美術のお父さんの奥さんを私はお母さんと呼んでいた。お母さんは筋縮症と言って、体の末端からやがて全身が動かなくなり、やがては肺や心臓も動かなくなるという病気にかかっていた。あの頃、都内の慶応病院に入院、機械で人工的に呼吸していた。それが、あれから10年が経ち、20年が経って、ほとんど健常者と変わらずに生活できるようになっていた。そういうこともあるのだ。私はお母さんが病気であることなどいつのまにかどこかに忘れ去ってしまっていたが、昨年の暑さで急に弱り、亡くなったのだそうだ。

私は展覧会の時に美術のお父さんから作品のご注文をいただいたので、作品のお届け方々、お母さんにお線香をあげに伺った。懐かしい、何年ぶりだろう。
車を置いて・・・
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ここが母屋
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玄関を開けるとビックリする
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突然、たくさんの裸の女の人たちが迎えてくれる。
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みんな先生の作品

奥様にお線香をあげて、写真で懐かしい顔にお会いして、アトリエに移動することになった。

先日展覧会に出品した般若心経を奥様のお悔やみに持参した。
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庭には銀杏の落ち葉がいっぱい。
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お葬式ではないから、黒紋付の羽織は茶色の紋付にした。

そして、これがアトリエ
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いいなぁ、私もこんな田舎暮らしにあこがれる。
そして中へ入ると、こちらの玄関にもたくさんの彫刻達に驚かされ、更に奥へ入ると絵もたくさん描いてある。私が離れていた数十年の中島睦夫先生の人生と歴史がここにいっぱいに詰め込まれている。
その真ん中に飾っていただいた「藍」が依頼の品。
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昔ご実家が紺屋さんだったそうで、家では藍染を業としていたのだそうだ。
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小筆ほどの太さで穂先は5センチもあるテレテレの柔らかい羊毛筆。墨は濃縮墨でペンキのようにドロドロしているから、写真に撮るとこんな風にテカテカとテカってしまう。

私ももう少しお金を貯めて今度はお父さんの作品を購入したいと思う。
この度は誠にありがとうございました。
久しぶりにお宅に伺って、なんだかいろんなことを考え、感じた。
田舎暮らしもいいかなぁ。。。
若かりし日、教師としても人としても未熟な私を導いてくださったお父さん。あれから25年、あの時のお父さんと同じ年になりました。
あんなに広い家で一人っきりで静かに暮らしておられるもう一人の私のお父さんを、今私は目を閉じて静かに思い浮かべている。
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ある日、25年ほど前よく双子と言われた私の友人 吉田拓郎さんが遊びに来た。
(展覧会に手伝いに来てくれた時の写真 一番左)
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この人、いつも何事も適当で鍵が空いていれば勝手に上がりこんでくるテキトウおやじだ。

拓郎さん「はい、これビデオ。」
私「えっ、ちょっとそ~ゆ~のはいいよぉ、、、もうこの年だしぃ、、、」
拓郎さん「BSで空海の特集やっててさぁ、2時間番組を三日間だったかな。なかなかよかったから録画してきた。」
あらっ、、、やっぱり私は雑念と煩悩に満ち満ちていたのだ。あな恥ずかしや。。。


ということでその「空海」を6時間観てみたのです。すると今までの私がいかに汚れていたか、これからの私は仏に身も心も・・・・なんてわけはないのだが、やはり少しは厳かな気持ちにはなった。

ちょうど展覧会のため二年半も写経に取り組んできたのだ。少しは心も清くなっているに違いない。(???)

これは紺紙に金銀の墨で私が書いた法華経。
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こちらはダイダイ色の紙に銀のマットの般若心経。
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ああ、京都にでも行きたいなぁ。展覧会も終わって少しはホッとしたんだからお寺でも周って心を洗ってきたい。そんな中、上野の国立博物館では「法然と親鸞展」が開催されている。京都はちょっと遠いから上野にしよう。それにうちは浄土真宗本願寺派、親鸞を祖とする宗派なのだ。ちょうどいいではないか。


ということで、善は急げ!
 ここは上野の国立博物館の外観 
六本木に国立新美術館が出来たが、どうも私には趣に欠ける気がしていけない。ここに来ただけで空気が違う。
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展覧会を観て、すっかり信心深くなった私(けっこう入り込みやすいところがあり)、もう日が暮れようとしているこんな時間から浅草に移動だ。

だんだん浅草寺に近づいていくとほんとうにきれい~~~~っ! ライトアップされた五重塔が神秘的だ。
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夜にお寺に参拝だなんて年末年始の除夜の鐘ぐらいで、平素はもう暗くなってからは近付かないから、こんな風にライトアップされた寺に行くと、急に私の信心が深くなった気がする。
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永いことなんの功徳も積まずにここまで煩悩だらけで生きてきた私が少~し信心深くなって
清水の舞台から飛び降りたつもりで、片手に握りしめた5円玉を賽銭箱に転がし入れ、ブラブラと寺の周りを散策していると、どうやら道に迷った外国人。
あっ、目を合わさないようにしなきゃっ! って思った瞬間、目が合ってしまった。おまけにこの私ったらへんなサービス心を出して、ニコ~ッと微笑んでしまったのだ。
思った通り、「Excuse me. Can you speak English?」
「No」と言えない日本人っていうのがまたここに一人。。。「んんんん・・・Yes. But not very well. Please speak slowly」「ちょっとだけね~。でもあんまりよくわかんないからゆっくりねぇ。」みたいなちょっとオネエ系gが入った英語で流暢に(?)話してやった。やめときゃいいのに、「どこから来たの~?」「へ~、カリフォルニアなのぉ?! その辺に私の知り合いが住んでてホテルで働いてるんだぁ~」とか知ってる限りの英語をぜ~んぶ吐き出して青息吐息でゼーゼーしてしまった。そしたら「あら~、英語上手じゃなぁい」的なお誉めの言葉を頂戴し、ひと言おまけに 「あらっ、その靴 キャァワイイ!」だって。他に誉めるところなかったのかよ。
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そこでようやく本題に入るわけだ。
「Amuse Museum アミューズミュージアムってどこ~?」って知らないよ。日本人だってみんな知らないでしょ。
しかたないから全部英語で書かれた観光地図を借りてこっちが心細い外国観光でもしているような気分になって、ようやくたどり着いた。そこでイエ~~~イ! はいポーズ。
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私も今日一日すっかり東京観光してしまった。

そして帰宅してから自宅にご利益をと、以前ちょうだいした中国土産の拓本を壁に飾った。
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暫くの間、仏に帰依して心清く生きて行きたい(あくまで希望)
最近、飛べない黒豚クンがタマちゃんや私を心配して書き込みをしてくれているのだが、その書き込みが逆に痛い!そっちの方が淋しい!というご指摘をいただく。それもそのはず、彼はまさに淋しいのだnow! 恋人にぼろきれのように捨てられて幾月も立ち直れないでいるのだ。そんな不幸な彼を話題にしては誠に気の毒なのだが、是非彼には元気になってほしい、幸せになってほしい! そんな思いからひと言。。。

誰もいない淋しさと 誰かがいない淋しさは違う

私も黒豚クンも永い月日の内に誰もいない淋しさにはめっぽう強くなっているんだけれど、「誰か」がいない淋しさにはいつの間にか弱くなっていたのだ。だって永~いことたった一人だったのだから。。。。。 黒豚クン! 私だってよ~~~くわかるよ。 いつのまにか誰もいなくたって生きていける強い男に成長していた私達。しかし、強い男に成長していく過程で、「目に見ぬ誰か」がいなくなる淋しさにはひとしきり弱い人間になっていったんだなぁ。。。黒豚クンのように一旦誰よりも幸せになってしまうと後が怖い。この解決策は次の内のどれかだ。。。
1.また「誰もいない」ことに慣れるまで耐えて耐えて耐え抜く。
2.早く次を見つける。

しかし、それがまた難しいのだ。それは
1.彼が見かけによらずシャイで、女性をくどけないこと。
2.彼が特殊体型であること。(簡単に言うとデブであること)
3、仕事が忙しくて出会いの機会が少ないこと。

ということで私は黒豚クンを幸福にする応援団を結成しようと思うのだ! 

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この一番右の黒豚くんのお相手をここで勝手に募集します。
真面目な女性だったら誰でもいいです。
けっこうイイやつです。
心優しく力持ちです。
女性のわがままはだいたい聞いてくれます。(私はそれが彼のいけないところだと思うのだけれど。。。)
料理はプロ並みです。嘘です、ホントはプロです。

どうか黒豚友の会にご賛同の方、最初はお友達から、という方でもけっこうです。まずは私にご連絡ください。私が仲人をいたします。


フレ~ッ! フレ~ッ! ブータっ! それっ、フレッフレッ黒豚 フレッフレッ黒豚・・・・
なんのこっちゃ。
携帯になにやら怪しい光。着信が入っている。
誰だろう。。。
タマちゃんだ。
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先日ブログにタマちゃんの事を書いたから早くも苦情の電話に違いない。「あんた、“あたしのことタマネギばばあ”って書いたでしょ。」ってな具合だ。
まあしかたない、苦情を覚悟してかけ直すか。

「あぁ、やまやま~、、、なんだかやまやまの声聞きたくなって電話しちゃったの~。母が亡くなってさぁ。」
えっ?! 苦情ではなかった。
私「いつ?」
タマちゃん「もう一週間も前なの。90過ぎての大往生よ。でも母親って言うのはいくつになってもやっぱり亡くなると悲しいものね。私三日三晩声出して泣いちゃったわ。でもね、四日目に兄弟集めて葬儀の一切を取り仕切らせてほしいってみんなに頼んだの。もちろん司会もね。」
私「だって、出来ないでしょ。泣けてきちゃってムリじゃない?」
タマちゃん「母との約束だったのよ。母の葬儀は私が司会をして送り出すって。。。」
私「出来たの?」
タマちゃん「うん、やったわよ。最後は少し声が震えちゃったけどしっかりやってのけたわ。会場の人からも今まで見た葬儀の中で一番心のこもったすばらしい葬儀だったって誉めてもらったわよ。それで帰ってきて、いつまでも泣いてばかりいられないと思って、母の写真はやまやまから譲ってもらった“星 いつも見守っているよ”っていう作品の裏に張ったのよ。そうしたら、なんだかホントに母が”いつも見守っているよ”って言っているみたいな気がして、また泣けてきちゃってさ。。。。。。ついやまやまに電話しちゃったの。」

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私はなぐさめる言葉を失っていた。

私の父の葬儀の時のタマちゃんの司会の声がよみがえって来た。マイクを使ってはいけない会場だったが、充分に声が通って、しかし、大声ではなく、尊厳と慈愛に満ちたすばらしい声で穏やかに心を込めて進行していった。あんな風に今回も堂々と胸を張ってたまちゃんは、悲しみをこらえてお母さんを見送ったのだと思うと、胸が熱くなった。
私「ああタマちゃん、本当に偉かったね~。立派だよぉ。」
タマちゃん「やまやまも泣いてくれてんの? あんた人のために泣いてる暇なんかないわよ。沖縄行きましょ、沖縄! その前にご飯でもいっしょに食べましょ。去年以外は毎年クリスマスはいっしょに音楽会に行ってたでしょ。もうすぐクリスマスよ。計画立てましょ。ああ忙しい忙しい!
ありがとね、やまちゃん。やまちゃんのお陰で本当にいつも母が見守ってくれているわ。私の母の名前、あんたのお父さんと同じ『静』っていうのよ。今度書いてね。」

タマちゃんの強さと弱さと、カラ元気と苦労と努力と威厳と尊厳と優しさを見た。

タマちゃんは「やまやま、本当にありがとね、私、やまやまが友達でいてくれて本当によかった。」
と言って電話を切った。
結局私は気の効いたことの一つも言えぬまま、ただ静かに静かに涙が頬を伝った。


タマちゃん、お母さんはお星様になっていつもタマちゃんを見ているよ。
我が家の軒先にはこんな風にタマネギがぶら下がっている。
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これは先日うちに遊びに来た親友玉ちゃんが手土産にぶら下げてきたものだ。
玉ちゃんっていうのはこのブログにも何度も登場している古い私の親友。
といってもおばちゃん。
昔から私の親友ってどういうわけか「おばちゃん」だったりする。
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と言ったって、この人、ただのおばちゃんではない。昔は私のマネジャーをしてくれていたこともある芸能プロダクションの社長さん。芸能プロダクションって言ったって、仕事の多くは司会だ。特に結婚披露宴の司会者を派遣している。派遣している社長自らが一番上手に司会をこなす。私も若いころ新宿のホテルセンチュリーハイアットの宴会場に七年もいたくらいだから、逸見正孝さんを初め、超一流の司会者を山ほど見て、聞いてきたが、やっぱり玉ちゃんの司会が一番だ。私の父の葬儀や、友人ようちんの婚礼の司会も彼女が一肌脱いで見事な司会をしてくれた。東京、埼玉あたりでミニパトから「春の交通安全週間です。」と聞こえてきたら、だいたいヤツの声だ。

先日玉ちゃんが「やまやま~、どうしてる~? お弁当持っていくわよ。どうせ暇でしょ。」
って言ってぶら下げてきたのが、このタマネギ。
「このタマネギ、軒下にぶら下げておくと長持ちするわよ。」と言って、
「代わりに私この作品がいい~~~! “星、いつも見守っているよ”、っていいじゃなぁ~い。気に行った。これもらっていくわ。いくら~?まけときなさいよ!」
って言って私の小さな作品を一点お買い上げになった。
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こういうタマネギぶら下げてきて、作品持って帰るおばさんってどう思います?
それよりそういうおばさんを親友に持つ私っていったいなんなんでしょう。。。
ったく!!!
「世界で活躍する100人の日本人」というテレビ番組にご出演なさったビバリーヒルズのヒルトンホテルに日本人シェフがいる。オバマ大統領就任式典、ウィリアム王子ケイト妃お披露目、ゴールデングローブ賞授賞式、みんな彼がすべてを取り仕切るスーパーシェフだ。彼については以前にもこのブログで触れたから是非今一度お目を通していただきたい。
2009.09.22 「ビバリーヒルズに日本の心を届けます。」
2011.07.05 「世界のスーパーシェフ来日」
今年の7月に杉浦勝男シェフが来日された際にお目通り叶い、私の名刺をいたく気に入ってくださった。
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「夢」と入れて是非私にも創っていただきたいとのご依頼を頂戴し、先日完成した。
あまり詳しくはご紹介できないがいくつか作品だけここにご紹介しよう。
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シェフの個人情報保護のため名刺全体の画像はお載せできないが、私が書いた作品部分だけはいくつかご覧いただけただろうか。シェフご依頼の「夢」に私がどれくらい近づいて書けたか。またそれを受け取る方々の「夢」にどれだけ近付けたか、結果はまだまだ出ないのであるが、シェフの奥様からのお手紙では、一つ一つの「夢」に私の思いと心が感じられるすばらしい作品と評してくださった。

また、この名刺の裏にはシェフの似顔絵が描かれている。
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どうです? 似てるでしょう。。。
私としてはそっくりに描かれてまるでシェフがこの名刺に宿っておられるように思われてならないのだ。この似顔絵を描いた犯人はようちん(佐藤揚二郎さん)。私の友人でグラフィックデザイナー。私のポスターやチラシ、名刺も全て彼がデザインしてくれている。デザインのご依頼は是非ようちんに。。。。似顔絵についても父上が似顔絵作家だから二代目にあたる。もちろん私の似顔絵も彼が手がけている。シェフがこれをみて怒っゃったらどうしよう、、、、と少し心配したが、とても喜んでおられるとのこと。ユーモアのわかる方でよかった。
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これからこの名刺達は世界の錚々たるヴィップ達に配られていく運命を背負った。どうかこの私が思いを吹きこんだこの名刺諸君が杉浦シェフのお力添えで世界に羽ばたく日を心から夢見てやまない。



この杉浦勝男シェフ、私の友人藤春幸治さんの叔父君に当たる。その彼と菜穂ちゃんにめでたく赤ちゃんが生まれ、命名を書かせていただいた。
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先日の展覧会にもお忙しい中駆けつけてくださった。
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こうして不思議な縁(えにし)が世界に結ばれてそれが絆になっていくのだ。たいせつにたいせつに。。。紡いでいきたい、縁と絆。
展覧会を開催するといつも駆けつけてくれるのが我が親戚たち。
おじ、おば、いとこ、はとこ、またいとこ。老いも若きも「あるいはついでがあったから」とウソをつき、あるいは「よっこらしょ、どっこいしょ」と掛け声をかけながら、あるいは若い者に送り迎えを頼んで。。。「裕之の作品を楽しみにしてるからよ」・・・・と言いながらもそうとう無理をして来てくれているに違いない。あるいは千葉から、あるいは長野、山梨から。何もいらないから手ぶらで来いよ、と言っているのに、ご祝儀を携えて、リンゴを抱えて、手作りのケーキやパンを焼いて、赤飯を炊いて。。。

最終日に家にたどり着き、荷物をおろして伯母が炊いた赤飯をつついていると涙が溢れた。何も悲しいわけではないのに。。。ホッとしたのか、疲れたのか、ありがたかったのか、とにかくゴマ塩をかけずともしっかり塩味のついた赤飯になっていた。
そして今はハトコの嫁が焼いたフルーツケーキを口に頬ばりながら、また太っちゃ~うとか言って、これまた違った意味で泣きそうになりながらブログのキーボードを叩いている。


まあそれにしても親戚一同がこんなにたくさん偶然に顔を合わせるだなんて信じられない。法事以外には顔を合わせることのない親戚は20年ぶり、30年ぶりで顔がわからなくなっている従兄弟もいたくらいだ。
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そう考えると仏事以外にこうして親戚に集まってもらえたのは非常によかった。
私は子供の頃から親戚みんなに本当によく可愛がられた。今もこんな風にみんなが来てくれる。幸せ者だぁ~~~。なぜか涙もろくなった私。写真を眺めてはホロリとしている。
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